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20240811 Netflix配信ドラマ『地面師たち』感想

お正月の映画から綾野剛作品をずっと観続けて来たので、これも楽しみにしていたのですが、アマプラ、U-NEXTときて、Netflixまで観きれる?どうする?と悩んでいるうちに配信が開始した『地面師たち』

実在のあの事件が下地にあり、それをどう料理するのか?
配信ドラマってどんな感じなのか?
ってか出演者豪華で、公開前も後も動画公開されてたりして豪華!
毎日ランキング1位(そのうち世界ランキングにも入り出し…)

などなどあれこれ考えていたのですが、先週観始めて、一人なら一気見したと思いつつ、今回は夫と観ていたので数日かけて完走しました。
…何度先に観ちゃおうかと思いましたが、観たなって顔でバレるので我慢…。

キャスティングもいい。石野卓球の手がけた劇伴もいい。山田孝之のナレーションに、突飛な(とはいえ現実ベースだけど)物語と、それを支えるだけのきちんと投資された作品で、確かにここまで満足度の高い作品は久々でした。2~3時間の映画ともまた違う、7話構成のドラマに今完全に持っていかれてます。誰にでも勧められるわけじゃないドラマなのに…。

#1 キャスティングが絶妙

…物語の中心となる詐欺事件の結末ってわかってたんだけど、いやー面白かった!監督拘りの俳優が皆ハマり役で、わかっていても手に汗握る。超ド級の詐欺師集団なので、感情移入できなくても観ている側もズブズブに世界観にハマっていくし、騙される側のキャスティングやキャラクター作りも上手いなぁ…と。
よく知った、知りすぎているほど観ている俳優なのに(普段とビジュアルを大きく変えている人はいない)、今もどこかで息を潜めて生き続けているんじゃないかと思わせるドラマは結構珍しいような気がします。

■ハリソン山中(豊川悦司)
主人公、主犯格の二人を綾野剛と豊川悦司が演じた本作。
…トヨエツが。いや、ハリソン山中が。もう佇まいからヤバい奴だとわかるんですが、最初はこの詐欺師集団の優秀なブレーンでありリーダーなんですよ。これだけ冷静に先を見られる人間が上に居れば確かに詐欺だろうが何だろうが上手くいくだろうと思わせてくれる。
でも、どう見たってヤバい奴。
そのヤバさがじわじわと伝わってくる彼の差配である殺し。

…グループのメンバーがこれだけ悪事に手を染めていても、殺しについては多くを語らないところが人間っぽいなぁって。結果的に人が死ぬ悪事をしているのに、実際の殺しに抵抗がある身勝手さが人間らしい。

ハリソンのやり方を見ていると、躊躇わないことが大事な気がしてきます。そして、窮地の大部分を人ごと抹消することで乗り切っているところを見ると、この判断をし続けられる人間って普通じゃないわけで、普通じゃない人間を相手にするのって国家権力だろうが法律だろうが正義だろうが、勝てるわけがないのだ。

豊川悦司が持つ妖しさが年齢で増している上に、あの殊更ゆっくりとした話し方で、相当とんでもない発言をしていることに気を取られずに、説得されてしまう。最近CMで見かける、カッコいい優しいお父さんや上司、みたいな姿も素敵だけど、それを忘れさせて尚こちらにグイグイ入り込んでくるハリソン山中がまず、この巨額の詐欺事件の説得力になってました。

■辻本拓海(綾野剛)
自身と家族が地面師詐欺事件に遭い、家族を失う悲惨な過去を持ちながら、地面師になっていく男、を演じたのは綾野剛。
…素性のわからないメンバーの中で、ご自身もインタビュー等で触れていた通り、地面師たちの中では唯一全く違う過去、人生が垣間見えます。

詐欺事件に遭った後、父親の放火で燃えた大きな家からも、きっと裕福に育ったのだろうというのも想像されるし、回想シーンに出てくる幸せな頃の彼、は同じ人間だとわかるのに、髪型や服装といった変えられるもの以外にも、肌や髪質、表情というか視線の動かし方まで、別の人生を生きてる、と感じられる変化があります。
この、地面師のときの短髪はしっくりきていない短髪、というコメントも読んだのですが、すごいわかる。生気のない白髪の多い髪というのもあるけれど、同じ短髪でも幸せだった頃はきっと、愛する妻や母親が口を出してたんじゃないかなって思う。すごくオシャレなわけじゃなくて、でも清潔感があって、こんなのが似合うよ!と妻が太鼓判を押してくれそうな感じ。それに対して、今の短髪は似合っていないとは言えないけど、もっと他にもある気がするし、年齢もはっきりしない、印象を隠すにはぴったりなそれに仕上がっているのでした。

ちなみに、途中で出てくる、人生どん底に居る時の長髪もまた、普段見慣れている綾野剛の長髪、ではあるんだけど、やっぱりこれもきちんと計算されたものじゃなくて、身なりに構わない中での、働くために整えた程度の長髪、なんですよ。
眼鏡、レンズのサイズにミリ単位で拘っているらしく。何着てたってどんな髪型してたって演じ切る実力のある俳優が、ここまで拘ったらそりゃあ他の役柄忘れて見入っちゃうよなぁ…と拓海が、完璧すぎて今回も悔しいです。

■後藤(ピエール瀧)/麗子(小池栄子)/竹下(北村一輝)
この三人もズルい。ズルいくらい悪い奴が似合うし、その隙間に見える人間らしいところが、ハリソンや拓海とも違う人物像を生み出して、詐欺師集団が一枚岩になれるわけがないと教えてくれるのです。監督天才だなって思ったメンバー。

法律屋の後藤の、取引の場を急かす絶妙な催促。自分より経験の若い担当者を少し苛立たせつつも、発言に尤もな様子もあって、海千山千感がすごい。場をコントロールしつつも、怪しまれないギリギリのラインを、自分のキャラクター(声の大きい大阪弁の中年男性)をフルに活用して守ってる感じがする。瀧さんそういえば関西人じゃなかった…と、後から思い出してびっくりするほど自然。後藤の態度と声で、交渉の場に居る拓海が、ひっそりとふるまえるのもまた、目くらましになっているなぁと。

手配師の麗子は、まず紅一点の小池栄子が美しくて。もうずっと私はこの人を景気のいい美人、と思ってるんですが、年齢というか年代に伴った美しさのある方なんですよ。若く見えるのって四十超えたら全然褒め言葉だと思えなくて、経験が積まれた先にある美しい人が、詐欺師!観たい!とずっと思ってたのですが、麗子ほんと只者じゃなくて。
…キャスティングのための潜入先で、お涙頂戴の話で近づいていくまではよくあるけれど、あそこでGoogle検索ができる胆力。あの騙し方は現代的だし、手慣れてるのも良かった。それが似合うんだまた。
後藤との掛け合いもすごく好きでした。

図面師の竹下は、手下の粗暴な奴らを使い、あれこれと下準備に動く役柄で、次第にリーダーであるハリソンに苛立ち、薬からもズブズブになって破滅していく。
…これもまた北村一輝が上手い。先日、大変茶目っ気のあるヤクザの組長役を拝見していたのに、今度は若返った上に、仁義を通せない男になっていました。竹下も裏社会とのパイプに手足となる配下のものを従え、決して小物ではないし、最後にしでかす事件でのネジのとんだ具合はハリソンに勝るとも劣らない感じさえするんだけど、やっぱりハリソンと比べれば人間、なのが竹下で。ヤク中でおかしくなっていく少しずつの違いが上手すぎて怖いです。

■長井(染谷翔太)/オロチ(アントニー)
ニンベン師として、詐欺を裏から支える長井。長井のところを拓海が訪れる場面だけは、本当に詐欺事件が起こっているんだろうかと思えるほどの時間で、長井自身もまた自分が手掛けている仕事に現実味がないんじゃないかなと思う。詐欺グループのメンバーとは一線を画しつつも、やっていることはえげつないことばかりで、その天才の腕と人物像のギャップが魅力的でした。

オロチは竹下の部下であり、見張りや恫喝、暴力などに適した役回りで、自分のいる世界の危うさをわかっていない鈍感さがうまい。発言の一つ一つが軽々しくて、でも多分、仲間想いのいい奴なところもあるのかな、とか、でもでもやっぱり何も深く考えてないんだろうな、って思う。
よくあるパターンってこういうキャラクターのミスで起こる事件だったりするんですけど、物語の大筋には影響力がないところが、この話に現実味を増していたなって気がします。


■青柳(山本耕史)/須永(松尾諭)
騙される!側!
今回監督はじめキャストが、地面師グループには感情移入できない、とあったけれど、この騙される側(最初の詐欺に遭う真木(駿河太郎)含め)もまた、”自分(達)だけが知り得た、特別な情報”で利を得ようとする迂闊さや浅ましさの表現が上手くて、こちらはこちらで共感できないのが、この作品の面白さなんじゃないかって思います。

青柳の男社会の業界には今も居そうな(居たら困るけれど)ハラスメント臭のするキャラクター。出世や社会的地位への拘りの強さや、野心の大きさが、本来経るべきプロセスに目を瞑らせてしまう。
派閥争いをする須永の堅調に一歩先行く感じもまた、青柳を焦らせるに十分であり、最後まで須永が冷静なこともまた、この二人の勝敗を知ると味わいが深いです。
ライバルに出会い、缶ビール片手に立ちションをしていた姿と、その後の対比もまた青柳…と言いたくなる天国と地獄がすごいです。


#2 人はいくらを手にすれば満足できるのかできないのか

百億円の地面師詐欺事件が本作の中心となる事件である。
これまでにも拓海以外のメンバーは警察に名前も顔も知られ、逮捕歴もあることがわかるのだけど、この現実離れした詐欺の前にも、幾度も詐欺を成功させてきているということだ。
完璧に悪いことをするには金がかかるのもわかる。
グループのメンバーは金が好きで、金のためにこんな危ういことを生業にしているのもわかりすぎるほどわかった上で、じゃあ百億円って必要なのかと思わせてくる金額だ。生きるには金が必要で、お金はいくらあってもいいけれど、だからって…と考えさせられる百億円という桁違いの金額。

ハリソンと拓海を除外して(除外理由はそれぞれ違うけれど)、他のメンバーに関していえば、戸惑いも見える。これまでよりも格段に難易度が上がる今回の件に関わることのメリットとデメリットは、幾分かデメリットに傾いているようにも感じられるし、それがわかるのが彼らの人間らしさに思えるのだ。お金は要るけど、だからってさぁ、という複雑な心境と、引き返せない所にいるという事実がせめぎ合う。

…対してハリソンは、やりたいからやる、のであるように見える。
やりたいからやる。やるために邪魔なものは排除する。以上。
というシンプル過ぎる考えと、それに伴う狂ったやり方が、淡々と繰り出される。躊躇わず、倫理観や道徳観に囚われない人間が一人居るだけで、事態はこんな風に転がっていくのかと思うし、それが今までに観たことがないと思った。残忍、残酷な作品はいくらもある。スクラップするように人を殺めていく殺人犯もいくらも観て来たけれど、ハリソンの狂気はそれとも違う。ただ、やりたいことをやるのだ。
やりたいことをやった後に死体が転がっているだけだ。同じ列車にもう乗れないと言えば、降りた列車に轢き殺されるだけなのだ。
そんなとんでもない役柄を地上波で観られることはない(年齢制限なく観られるのもよくない)し、それを何度も繰り返すが豊川悦司がやっているのだから魅力的でないはずがない。感情移入はできなくても、その存在感の確かさはやっぱり作品の魅力だと思う。


#3 結末がわかっているものをどう閉じるのか

自身と家族を不幸にした、過去の詐欺事件が地面師詐欺でありながら、同じ地面師になろうとする拓海が意外で、実は最初からハリソンがかつての黒幕だと知って、報復の機会を狙っているのだろうかと思いながら観ていた。
実際は拓海はずっとそれを知らず、最後にそれを突き付けられた結果、ハリソンと対峙することになり…というのがこの作品の終りなのだけど、私はこのドラマの、閉じ方がすごく好きだと思った。

ドラマのオリジナルキャラクターである倉持と拓海は、ハリソンと争った後、ハリソンを逃してしまう。
事件のすべてを話した拓海は警察病院に入院し、倉持の訪問を受ける。そしてなぜ、こんなことをしていたのかと改めて問われる中で、拓海が吐露する心情は哀しく弱々しい。

騙された側にも非があって、とは書いたけれど、拓海も、家と家族に火を放って収監されている父正海もまた、自分たちの事件に一切の非がないわけではないのだ。非があるから生き残った者同士が互いを責めきれないし、許すことができないのだと思う。それなのにしでかしてしまう愚かさも人間なんだなと。

誰か別の人間になりたかった
地面師の仕事にいつしかのめり込んでいた

と話す拓海に、倉持は一切の同情の余地なく「仕事じゃありませんよ」と言い放つ。その通りだ。拓海のやって来たことは犯罪で、本来ならば自分と大切な家族を苦しめた原因ともいえることを生業にして生きていたのだ。
私は、拓海の部屋や墓地にやってくる倉持の気の強い役回りって、だいたい女にやらせがちだよな…とちょっと気になったりもしていたのだけど、最後までブレず、喰らいついていく芯の強さは倉持を演じた池田エライザにぴったりだと思ったし、最後まで辻本拓海をしっかり責めることができた倉持と、拓海の場面で終わったことがすごく良かった。結末が見えているからこその閉じ方が素晴らしかった。

拓海に父を責めることはできなかったかもしれない。でも許すこともできなかったのなら、郵便の転送届など出さずに、たった一人で誠実に生き直すことが妻子へせめてできることだったんじゃないかと今は思う。
ハリソンが手塩にかけた弟子になりながらも、事実を知らなくても拓海は、ハリソンになりたかったわけではないのだと思う。人生の底を見て、金も、愛も、何も要るもののなかった拓海が、どうか今度こそ道を外すことがありませんように。あのレンズを通さずに世界を見れますように、と祈りたいと思うのでした。


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