月長石の京都ぶらり ~蹴上の丘~
京都の地名は、読み方が難しいものが割とある。蹴上もその一つかも知れない。これは、「けあげ」と読む。地下鉄東西線の駅があり、南禅寺や京都市動物園、平安神宮などに近い。
この蹴上の駅裏、丘の上に、小学四年生くらいだったか、幼い私の心を奪った人がいる。琵琶湖疎水建造の功労者・田辺朔郎博士の銅像が、丘の上にひっそりと建っている。左手で上着の襟を軽く持ち、右手に、図面だろうか、何かの紙を丸めたものをしっかり持っている、その顔が凜々しくて、私はいっぺんに虜になった。
京都市下水道局の公開しているウェブページに寄れば、琵琶湖から京都へ水を引くことは、昔からの夢だったそうだ。明治維新での東京遷都で京都はすっかり寂れてしまい、第三代京都府知事・北垣国道は疎水建造で復興を図った。その際、東京の工部大学校を卒業したばかりだった田辺朔郎が、土木技師に選任された。疎水の工事はほとんど人力で行われ、1890年に完成した。疎水は舟での物流や、水力発電に活用され、京都の活気が戻る大きな一助になったとのこと。詳しくはウェブページをご覧になるか、京都・南禅寺の傍にある琵琶湖疎水記念館に足を運んでいただきたい。
その田辺博士の銅像が、蹴上の丘の上にあるのだ。南禅寺から行くなら、インクライン(レールと動力を使って台車に乗せた舟を昇降させるケーブルカー)の跡をたどって坂を上っていくと、左手に開けた公園が出てくる(蹴上疎水公園)。その奥へ更に進むと、博士の銅像がある。授業で疎水のことを習い、遠足で記念館と博士の銅像を見に訪れた小学生の私は、銅像に一目惚れした。以来、銅像のお膝元の広場は私のお気に入りスポットである。
私は小学生の頃、自分はまるきり文系だと自覚していたし、数学も物理も化学も苦手だった。理系科目でできた(というか、マシだった)のは、生物と地学だけである。だからなのか、どうなのか、理系の人がとても格好よく見えた。銅像の博士を「ステキ!」と思ったのも、多分その延長だ。可愛いものだな、と年齢を重ねた今は思う。自分にできないことのできる人は、格好よく見える。その後私は、最大限、数学と物理を避けながら生物学の修士まで取った。しかしこうして文章を書いている方が落ち着くので、やっぱり私はエセ理系か、と自嘲してしまう。
ともあれ。
観光で訪れるなら、人は多いが春、三月頃がお勧めである。疎水沿い、そして丘に続くインクラインの史跡沿いにも、桜がずらりと植わっており、一気に花開いて、それはそれは華やかだ。観光船も、春と秋、大津と蹴上の間で運行している。これはつい数年前始まったので、私はまだ乗ったことがないが、楽しそうだなと思う。この記事を読んでくださっている方の中で、興味を持ってくださった方がいたら、是非旅程に組み込んでみていただきたい。
他にも、2023年は行政の都合で開催されなかったが、蹴上駅の向かい側にある蹴上浄水場はツツジが見事である。この浄水場も歴史が古い。以前はゴールデンウィークに、場内が一般公開されていた。ツツジだけでなく、室内の展示内容も、浄水施設の見学も楽しかったので、いつか京都市に余裕ができたら復活してほしいイベントである。