県立高校野球部の日常(2)〜1年生と練習時間〜

※1話

現代の高校野球事情を僕は知らない。坊主にしない野球部が増え、おそらく10年後には坊主が少数派になるのではないかと思う。暴力や厳しすぎる上下関係はどんどん減ってきたのだろう。

僕らの野球部に暴力はなかった。でも上下関係や意味のない風習があったのは事実だ。前話の挨拶の件。1年が先輩に挨拶するのは良い礼儀だと思う。ただ90°である必要も、先輩の状況や周りの環境を無視して大声で挨拶する必要もない。挨拶された方がむすっとしている必要はない。いろんな風習が昔からあって、それぞれの代が少しずつ薄めてきて現代に引き継がれていると僕は信じている。

2021年。移動教室にビクビクする1年生野球部や雨の日に土手をダッシュして滑って転んで怪我をする1年生がいなくなっていることを心から願っている。

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さあ、挨拶以外の1年生野球部の日常を紹介する。

1年生はもちろん部室には入れない。当たり前だ。
野球部の着替え場所兼土日練習の待機場所を上から眺めた図がこちら。

画像1

色分けはミスっている。学年カラー的に3年が青で2年が赤だったけどまあ気にしない。3年生は部室の中とその周り。2年生は他部活の部室棟の前に並んでいる。2、3年には椅子があり、1年生は椅子がない上、絵では伝わりにくいが、地面は土。日当たりが悪いので基本湿っている。ロッカーも与えられず、グローブもスパイクも全部持って毎日登校するのが基本スタイル。

この通路は一般生徒も通る。数日もすれば慣れるのだが、1年生の一般生徒は坊主が並んで着替えている光景を見て、「あれ、お寺の座禅準備に迷い込んだのかな」と思うはずだ。

めんどくさいのがエナメルバックの所在。防犯のため、部室にエナメルバックを全部入れて鍵を閉めてからグラウンドに降りなければいけない。2、3年が入れてから1年生のバッグを最後に入れなければいけない。でも2、3年より早く下グラに降りて、練習の準備もしなければいけない。MUSTが多すぎる。数人だけバッグを入れる係を作り、それ以外は下グラで準備をする。

とにかく気を休める時間がない。移動教室では先輩に会わないように気を遣い、同じフロアでは顧問に会わないように気を遣い、部活ではずっと気を張って過ごす。絶望的な時間が続くのが1年の数ヶ月だった。

平日は1日に何回も挨拶をする。学校内で同じ先輩に何回も挨拶をして、部活前にも挨拶をする。それに比べて、土日は比較的楽だ。朝にまとめて大きい声で「おはようございます!!」と言って、海老みたいに90°身体を曲げておけば1日分の挨拶を消費できる。あとは肉体的にキツい練習をするだけなので精神的な疲労はかなり減る。

煉獄さんは「心を燃やせ」というが、挨拶の時は心を燃やしてはいけない。

「心を海老にしろ。」

同じクラスの女の子に訝しまれようとも感情をなくし、大きい声で挨拶しとけ。君は海老だ。

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顧問が変わればいろいろなことが変わる。
3年生もグラウンド整備をするようになったこと、試合の行き帰りは親に送ってもらわないこと、など当たり前のことを当たり前にするようになった。細かい精神のあり方とか意識の部分、技術的な部分もあったと思うが、我が野球部最大の変化はこれだ。

練習時間

これに尽きる。少なくとも僕がいた3年間はこれしかない。
平日は普通に夜21時まで練習する。休日は8時から20時くらいまでやる。半日練習なんかなかった。頭も身体もおかしくなるくらい練習する。文武両道の文の字が空に吹っ飛んでいった。全校生徒320人くらいいて、野球部13人中9人ほどが300番以降にいたこともあった。流石にみんなで笑った。そして結局10人も浪人した。

確か2年生の頃だったか、「最終下校時間ってあるらしいよ」と誰かに聞いた気がする。その時間を2時間以上オーバーしていたか何かで、何も守っていないことに驚いた。とにかく呆れ果てるくらい練習した。大学で聞いたらウチよりやっている高校はなかった。

練習を長い時間すれば野球が上手くなるわけではない。一日2時間ずつ減らして、その時間を勉強と食事に使えば、体重は増えただろうし浪人は減ったはずだ。

でも、少なくとも他の県立高校に負ける気はしなかった。どんなに強そうでも前評判が良くても、「まあでもこいつら21時まで練習してないしなあ」「夏大で負けて3年が引退した当日に帰って走らされてないしなあ」「どうせ土日も半日練だろうなあ」と思えば、気持ちで負けることはなかった。強豪私立であっても負けると思わない。特別勝てるとも思わないけど。それが圧倒的な練習量の功。

功罪で言ったら罪が余りにも多すぎる気がしてきた。

勉強時間。
莫大な消費カロリー。
高校生活の楽しみ。

この3つを失ったような気がする。


<続く>


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