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村田寛奈

僕は15歳のときにアイドルにハマった。
9nineというアイドルで、川島海荷きっかけでアイドルオタクの入り口に飛び込んだ。

それまでアイドルをバカにしていた僕が、今では尊敬し崇拝するくらいになっている。一番変わったことは可愛いと思う子に可愛いと言えるようになったことだ。

アイドルにせよ、女優にせよ、変にひねくれていた僕は可愛いと言えなかった。今では余裕だ。現実世界ではなかなか言えないけど。それでも大分ましになった。
twitterのいいね欄なんかひどい。野球か可愛い女の子かお笑い(ラジオ)しかない。そこに政治的経済的な思想は1mmも入り込まない。←ちゃんと勉強はしてます。

僕は川島海荷を好きと言いまくっているし、事実文句なしでトップだ。ただわかりやすいからという事情もあった。
9nineを好きになった僕は、海荷以外にも推していたメンバーがいた。

それがタイトルにある、村田寛奈、通称「ひろろ」である。
今日はひろろに関するお話。ただのドルオタの回想記録。

……
15歳のときに9nineにハマった。

当時ひろろは13歳。学年でいうと1個下だった。
選考オーディションでは課題曲が歌えずに泣いていた。ただそれ以降ひろろの涙はなかなか見ない。海荷が脱退したときくらいではないだろうか。

とにかくダンスがパワフルで小さい身体ながら魅せるのがとても上手かった。アイドルのライブを見ると、どうしても目がそこにいってしまうほど惹きつける能力に長けた人材がいる。

たぶんそれが平手友梨奈(欅)だったり、林愛夏(ベビレ)だったり、三品瑠香(わーすた)だったり、前島亜美(スパガ)だったりするんだろう。

ひろろも紛れもなくその部類に属していた。

初めて9nineを見たとき、僕の2つの眼はほぼ全ての時間ひろろに注がれていた。
海荷は当時ダンスと歌で人を惹きつける力が抜きん出てはいなかった。後に覚醒の瞬間があったんだけどそれは割愛。

ひろろは圧倒的だった。歌はそこまでだけど、ダンスはとにかく惹きつけるものがあった。素人に細かい技術はわからないけど、そういうものを超越できていたと思う。
perfumeの妹が在籍して、明らかにperfumeを尊敬していたグループだったけど、シンクロを売りにしたダンスをしなかったのはひろろの個性を生かすためだったんだと思ってる。真相はわからないけど。


更にもう一つ。
9nineは僕の記憶だと2010年過ぎにはyoutubeで動画を定期更新していた。まだyoutuberが流行る前だったからそれなりに先見性のあるグループだった。

そこの一つの動画。
中学生か高校生かのひろろがただコーヒーを飲むだけの動画。タイトルは、
『ひろろの初めてのブラックコーヒー』

僕は全ての映画、ドラマ、動画など映像作品の中で一番好きなのがこれだ。

海荷が主導でただひろろにコーヒーを飲ませるだけの動画。たった2,3分で、髪のトリートメントもおぼつかなくアホ毛が飛び出した女の子がコーヒーを飲み、苦いと言うだけのもの。苦さに表情が歪み、最後に目をぱっちりさせて「目が覚めた!」と言う。


それを見て微笑む僕。

こんなんもはや性癖である。

あとちょくちょく敬語になっているのが良い。ほんとに可愛いアイドルだった。スルメやモツ煮を好み、妹ポジションなのにしっかりしている。

ちなみに身長は現在153cmらしい。
余談も余談だが、僕が好きになる人の75%くらいはなぜか153〜155cmに収まる。芸能人も現実でも。
これも一種の性癖かもしれない。

何回か会って喋ったことがある。当然そこにお金は発生する。何を話したか覚えていないけど、ひろろと話して緊張したことはない。
海荷は緊張しかしない。
そうしたところもひろろの良さだと思う。

体操服が似合う。ジャージ姿が似合う。たぶんランドセルも似合う。
綺麗めのジャケットとかは似合わない。
そんな子だった。

自分の20歳は何の感慨もなかった。成人式出てないし。
ただひろろの20歳のときは「そっか、あのひろろが遂に20歳になったのか」
と思い、少し泣いた気がする。

振り袖姿の写真を見て、似合うじゃん!と驚いた記憶がある。

強烈にひろろを推す瞬間はあまりなくても、長くずっと好きでいられる存在だった。
思い返せば9nineのライブから始まり、誕生日イベント、舞台、一人のライブ、結構行っている。かかさずに全て行くわけでもないし、今は現場から離れてるし、オンラインイベントもなかなか参加しないけど、ずっと気にはしてる。

海荷がいなくなって注目度も観客動員も落ちていった9nineを気にせず応援し続けてこれたのはひろろがいたから。

2年前の夏。
TOKYO IDOL FESTIVAL(通称TIF)がお台場であった。たくさんのアイドルが3日間に渡り集結する大規模なフェスである。

9nineを見に行った。別のグループのファンの計らいもあり、前方まで行かせてもらえた。

ライブ後物販をうろついていると9nineのメンバーがビラ配りをしていた。初めてそうしたところを見た。ある程度しっかりした事務所がつき、5人体制になったときにはファンもそれなりにいて、順調に動員を伸ばしてきていた。
でも海荷が抜けたあとはやっぱりキツくて、大変だったんだと思う。

僕も当然ビラを受け取り、ひろろと話した。
とてもフランクで、たぶん「また来るね」と言ったはずだ。お金の発生しない会話だった。
さすような日差しで、酷暑の中ひろろは笑顔でファンと話していた。

太陽をバックに明るい笑顔の推し

そんなの最強だった。アイドルは大変だと思う。
心無いこともたくさん言われるだろうし、嫌なこともたくさんあるはず。
それでも笑って、戦っていた。

(一番右)

思い出がありすぎて覚えていない。
たぶん僕の人生の色んな場面のバックミュージックになっているし、背中を押してくれた。

まだ応援し続ける。

心残りがある。
大学生の頃、ひろろの肩たたきイベントがあって、僕は券まで入手していた。

その日奇跡の体調不良でいけなくなった。僕の引き出しには未だに肩たたき券が眠っている。
それはそれは娘に肩たたき券を貰ったお父さんくらいその券を大事にしている。

いつか肩たたきをされる日がくるまで、

ファンはやめられない。

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