同期(上)
僕にはとても仲の良い同期が1人いた。
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去年の10月1日。その日は内定式だった。
知名度の低い大手機械メーカー。派手な人は少なく、堅実で真面目に勉強をしてきて、将来を見据えて入社を決める、そんな人が多い企業だった。
内定式後の懇親会。
相手の様子を伺う質問、当たり障りのない会話、絶妙に入れ込む自慢。
そんなものが宙を飛び交っていた。
僕は冷めた唐揚げを口に入れながら、一橋パーマ男のつまらない自慢話にあいづちを打っていた。
「(このテーブルも潮時か‥)」
僕が席を外そうとした時、横から急に声をかけられた。
「ねえ、名前なに?」
女が立っていた。
背が高くて髪が短い。ちょっとつり目で大人びた顔つき。
僕は自分の名前を答えながら、その女の名札を見た。
下の名前が昔好きだった子の名前に似ていた。似ていたというよりも一文字足しただけ。なんだか思い出したくないことを想起させられたように感じて、僕は次の瞬間には言葉を放っていた。
「あれだな。昔好きだった子の名前に似てて、なんかいやな感じがする」
失礼な初対面だった。
しかしその女は特に不快そうな顔もせずに笑っていた。
懇親会後、その女も含めて複数の同期と飲みに行った。話は弾んだ。
さっきまで空中を舞っていた退屈な話とは違った。
その女と僕はいわゆる波長が合うというものだったんだと思う。
入社後、世界は一変していた。
皆がマスクをして、検温をして、話すことを控え、在宅での生活を強いられた。
僕がその女と再び会ったのは6月のことだった。9ヶ月ぶりだった。
帰り道、電車の中で不意に見つけた。
「おう、久しぶり。飲みに行こうよ」
品川の飲み屋で話をした。
二人で話してみて、波長が合う理由がわかった。
僕は相手が会話の中で踏み込んできた時、引かないように意識している。同じように踏み込むのだ。例えば、恥ずかしいエピソードを話してくれたら、僕も同じように話す。
この女も同じだった。だから波長が合った。それは初めて感じたものだった。
一歩踏み込んで竹刀を振ったら、同じように踏み込んできて振ってくる。
そんな感覚。
「(多分結婚するならこういう女なんだろうな)」
僕は有り余る理性を抑えるように、ハイボールを飲んだ。
その女には彼氏がいたし、僕には好きな子がいた。
男女間の友情なんて成り立たないと思っている。
少なくとも、圧倒的に脆い。何かが間違えばたちまち崩れていく。だから僕は理性で制している。隣を歩く時はポケットに手を入れ続けて、間違えないようにしている。
僕はその女を友達とは呼ばない。好きにもならない。
ただ仲の良い同期。
それだけだった。
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