なんでGのこと嫌いなの

「ゴキブリって見た目キモいじゃん。あのテカリとか気持ち悪すぎる……」

私は理解できなかった。あなたのおデコも皮脂でかなりピカピカになっているけど、それについてはどう思っているんだろう?自分で自分のおデコは見えないから気づいてないのかな。教えてあげようかな、と思ったけど、さすがに面倒に思われそうなので、おデコのことを聞くのは止めた。私はあなたのヌルヌルのおデコを気持ち悪いなんて思ってないよ。それが自然だから。

暖かくなるとゴキブリ、通称Gと遭遇する機会が増える。彼らは冷蔵庫の下やテレビの裏などを住処にして、人間の残した残飯をわけてもらいながら繁殖している。調べたことはないが、日本人に嫌いな虫を聞くと圧倒的な差をつけてGが1位になるだろう。そのくらい、Gは気持ち悪い生物の代表格なのだ。家族も、大学の友人も、バイト先の人も、みんなGを毛嫌いしていた。冒頭のセリフは仲の良い友人の言葉だ。正直、私はなぜ彼らがそこまでGに嫌悪感を示すのかがよくわからない。Gは菌を媒介することはあっても毒を持っているわけでもないし、かみつくわけでもない。ハエやアリに大差をつけて嫌われる理由は何なんだろう。

「じゃあ、あなたはGが好きなのか?」というと、私は決してGを好きではない。Gが菌を媒介して食べ物を汚した結果、腹痛を起こすのは嫌だし、寝てる間に顔にGが乗ってモゾモゾしてたら不快だ。だから家にはコンバットを置いているし、見つけ次第駆除している(虫は極力外に逃がしたいが、Gの場合は結局家に戻ってきてしまうので駆除している)。しかし、Gなどの虫が特別気持ち悪いという感情が理解できないのだ。私にとって、ハエとかアリと同じレベルの昆虫だ。

気持ち悪いから気持ち悪いのだ。その理由を考えても無駄だ、という人もいるだろう。生理的に無理、というやつなのかもしれない。でもそんなことを堂々と発言するのは、生物として恥ずべき行為なのではないのだろうか。「キモいから殺す」という倫理観は非常に原始的で幼稚な感情のようで、私は好きではない。地球上では様々な種類の生物が生息しているにも関わらず、人間はさも自分たちが基準であるかのようなふるまいをする。自分たちの種族から離れれば離れるほど、生物の見た目に対する嫌悪感が増す。地球上で種類が最も多いのは虫類だ。多種多様な形の虫を認めてあげるくらいの広い心を持った方がよいのではないのだろうか。それが知能をもつ生物としてのあるべき姿だろう。

Gはキモい。Gはただ存在しているだけだ。他の種族と同様に、種の繁栄のためだけにGは生きている。私は大真面目に、Gに特別の嫌悪感を示すことがさも常識であるような社会が大嫌いだと考えているが、「Gやミミズや毛虫のことを私はキモいとは思わないです」なんて決して言わない。言い始めたら一貫の終わりだ。「ミスiDに応募するためのキャラ作り?」と思われてしまう。そこらへんのTPOはわきまえている。

そもそも地球とは、虫がたくさんいる環境が本来の姿だ。都市部に暮らす人は、虫やその他の野生生物をとことん排除したうえで生活しているという事実を忘れている。人工的な世界に飽きた時に、人間は都合のいい時だけ自然という言葉を使う。だから再開発が進む都市部の町では、殺虫剤を撒いた街路樹を植え、コンクリートで固めた池がある公園ができる。人が生物の生死を管理している時点で自然ではない。実に傲慢だし、自然というのは虫を含んでいることをわかっていない。

冒頭の友人とは以前、お互いが怖いものについて話したことがあった。友人は虫と答えた。私は人間と答えた。そうすると友人は「うわー。だるいだるいw」と返した。おそらく、友人がこのように返答をしたのは、コミュニケーションを円滑に図る上での冗談だ。よく、「変わった考え方をするよねw」といじる、それだ。しかし私はいつも大真面目だった。私は本気で虫より人間が怖い。虫が何をするのだろう。私が虫に攻撃されたことは、蜂に刺されたこと、蟻にかまれたこと。この二つだけだ。それに対して、他の生物より発達し肥大化した脳であらゆる戦略を立て、複雑な動きのできる四肢を用いながら、様々な攻撃を人間はしかけてくる。しかも人間たちは生存本能ではなく、社会性に由来する悪意をもって攻撃をする。性被害にあった時、電車内で変な人に絡まれた時、謎の怪文書が私宛に送られてきた時のほうが、蜂の攻撃を受けた時に比べて圧倒的に怖かった。得体のしれない行動原理が心底気持ち悪かった。虫を含め、あらゆる生き物は自分自身が生き残るために、決死の攻撃をしかけてくる。蜂に襲われた時も、私が蜂の住処を突撃訪問したからだ。虫たちは自らの命を守るための、言わば正当防衛をしているわけなのだが、人間は違う。嫌な思いをさせてやろうという、いやらしい動機で攻撃をしかけてくる。あるいはそもそも動機なんてない。いじめたいからいじめる、殺したいから殺すのだ。実に醜く、いやしい生き物だ。大嫌いだ。

どんなにたくさんの命を奪って他者を貶めようと、生まれただけで死ぬことは許されない人間と、存在するだけで殺されるGって、何が違うんだろう。信じられないような動機で人間を何人も襲って殺した人間が、精神疾患があるからという理由で生かされ続け、Gは人間の前に現れた瞬間、有無を言わさず殺される。来世はGに生まれたい。こんなことを夜中につらつら書く生物じゃなくて、生きることと食べることに貪欲な昆虫になって、たくさん繁殖して、子孫繁栄に貢献したい。Gのように、目的のある人生の方が、生物として自然だし、シンプルで清々しい。

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