マガジンのカバー画像

月ふたつ

35
嬉しかったこと、楽しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと。生きてたら、みんなそれなりに何かある。それを全部ひっくるめて私という人間ができあがる。もちろん、あなたも。日常と、想…
運営しているクリエイター

#エッセイ

音の渦、永遠の夜、訪れる朝

音の渦、永遠の夜、訪れる朝

浮き足立つ人々の流れ。皆そこを目指している。

一歩足を踏み入れれば、そこに待つのは音の渦。響く重低音。男も女も、みんな少しだけソワソワしている。まるで今夜なにかが起こることを期待しているみたいに。

最初の瞬間は、少しの気恥ずかしさとともにリズムを取り出す。徐々に場に馴染んできたら、まるでそこでずっとそうしていたかのように、我が物顔で踊りだす。身体が音を欲している。夜が更けていくにつれ、ずっとこ

もっとみる
出会うことの奇跡

出会うことの奇跡

目の前に愛しい人がいる。
その人も私を想ってくれているという。

大真面目な顔をしながら「あなたが好きだ」と話すその人の、その言葉のひとつひとつは、とても率直で、あけすけで、そこにはまったく嘘が存在しなかった。私はその人を見つめながら、その嘘のない言葉が私の心のなかにまっすぐ入ってきて、そして徐々に心の内をあたためてゆくのを感じていた。

こんなふうにお互いがお互いを愛しく想いあえるということは、

もっとみる
家族とは...

家族とは...

「もう解放してほしい」
そう母が言った。

私がふざけて「おかーさーん!」と甘えたように読んだときのことだ。母の言葉にはため息が混ざっていた。

たしかに私は長年母を苦しめた。それは心を病んでまともに働くことも叶わなかったからだ。正直この年になっても、いまだに世間でいう「自立」には程遠い。その点については、本当に申し訳なく思う。けれどだからと言って「開放してほしい」なんて言葉は使ってほしくない。

もっとみる
何かを求めて

何かを求めて

よどんだ空気。汗ばむ首すじ。暗澹とした気持ちを抱えたまま歩きだす。

何を求めているかもわからない。わからないけれど、確実に何かは求めている。どこへ向かうべきなのか。彷徨えど答えは見つからず。

なぜこんなにも重苦しい気持ちを抱えているのか。その理由さえわからずにいる。いや、それは正確ではないかもしれない。正確には「わかろうとしてこなかった」だろう。自分と向き合うことが、なにかとてつもなく恐ろしい

もっとみる
HSS型HSPに生まれて

HSS型HSPに生まれて

物事の受け止め方や感覚が、人のそれとは違うということには気づいていた。その感覚の差は埋まらなくて、家族にすら理解されない。たまに生きていることが苦痛に思えるときもあったりして。

ある人には、ことあるごとに「この世の中は気づいた者の負け。気づいた側の人が気づかない人たちを気遣って生きていくのだから」と言われた。あなたは気づきすぎると。

私はこの言葉が大嫌いだ。なぜ生まれもった感覚で生きているだけ

もっとみる
至福のとき

至福のとき

扇風機の風でなびく髪の毛を、頭の両側から挟み込むようにクシャっと掴んで離してみる。ふわりとトリートメントのいい香りがする。

部屋のなかから眺めるベランダは、刺すような強くまぶしい日差しに照らされて、そこだけ白く浮いたように見える。そのベランダの光が反射して、ほのかに部屋のなかは明るい。しかし明るすぎることはなく、心地のよいほの暗さも残っていた。

なんとなく流しているテレビから、まるでBGMのよ

もっとみる
心に焼き付ける永遠

心に焼き付ける永遠

煌めく水の流れ、滲むネオン。昼間の熱がこもったままのアスファルト。顔にまとわりつく、蒸せかえるような草いきれ。息を大きくひとつ、吸いこんだ。それは紛れもなく、夏の夜の匂い。

夏の夜の、すべてが可能になるようなワクワク感が好きだ。大人になった今だって、ずっとそう感じている。

その瞬間は永遠。ずっとこの夜のなかに閉じこもって、その美しさに酔いしれていたい。無限のループ。どこか懐かしさを感じるような

もっとみる
幸福な瞬間

幸福な瞬間

いつものお店でお昼を食べる。顔馴染みの店員さんたちとの他愛もない会話。食事を終え、図書館に寄り、その後軽く買い物もすませ歩いて帰る道の途中、真ん中に大きな池をたたえた公園の横を通り過ぎようとして、何とはなしに、その池のほとりをぐるりと一回りしてみることにした。

初夏の蒸し暑さのなか、木々の緑は日に日にその色の濃さを増してゆく。穏やかにたゆたう水面を噴水のしぶきが細かく揺らしている。そこへ太陽の光

もっとみる
“わたし”が“ぼく”だった頃

“わたし”が“ぼく”だった頃

幼い頃、わたしは「ぼく」だった。

性別の話ではない。

性別は女だが、自分のことを「ぼく」と呼んでいたのだ。家族からそれに関して止めるように言われた覚えはない。だからそれがおかしなことだと気づいたのは、小学生になってからだった。

帰りの会、なるものが行われていた。
次の日の予定や持ち物を伝えたり、その日あった出来事を発表するような、あれ。
そこでひとりの男の子が手をあげて言い放った。
「はーい

もっとみる
夏の終わり

夏の終わり

肌を焦がすような、あの痛いくらいの日差しも、まるで永遠に続くかのように感じられたねっとりと濃い闇夜も、そのすべてに纏わりついていたあのドキドキやワクワクも、全部、ぜんぶ過ぎ去ってしまう。

あっという間に駆け抜けていく。
気づくともうおしまいの時がきてしまっている。
暑さに意識は朦朧とし、正常な判断もままならない。でもそれは言い訳にすぎなくて、本当はすこし道がそれたことを楽しんでいた。

でもそれ

もっとみる
夏のせい

夏のせい

暑い。
うだるようなこの過酷な暑さに、私の頭が正常な判断をしてくれなくなった。まるで熱に浮かされたように。

あまりに久しぶりのそれは、思っていたよりとても素敵なことだった。

もうあの人に対しての罪悪感も感じなかった。
それくらいには時間は経ったのだと、実感した。
もともと罪悪感を感じる必要性など、なかったのだけれど。

あたたかさに、心から安堵した。
そのあたたかさは、私の中のずっと頑なに閉じ

もっとみる
孤独の覚悟

孤独の覚悟

38歳の女性が独り身でいると言われること。

結婚しないの?
子供生まないの?

初対面の方に言われることもあって、しばしば面食らってしまう。

正直、私にはそこまでの結婚願望も、子供を欲しいという願望もない。
けれどそういった疑問を投げかけてくる方たちの大半は、本当はすごく結婚したいんだよね?子供も欲しいんだよね?しないと不幸になってしまうよ。まだできなくて可哀想に。
そういった物言いをしてくる

もっとみる