PM6:30
春と夏の間の夕暮れ午後6時過ぎ。陽が落ちて真っ暗になる前に一時だけおとずれる群青色の時間が好きだ。
夢中になって遊んでいた小学生がそろそろ帰らなきゃって自転車を飛ばして家に帰り始めるくらいの時間。
白い月が空のてっぺんに昇ってて、ちょっと湿ったような切ない風の匂い。
あの時間に名前があるんだろうかって思って調べてみたら、薄明というらしい。
古の人も同じ景色を見上げて何を思ったんだろう。今よりもきっともっと大きくてはっきりした白い月が見えたんだろう。
夜が始まる前の一瞬のためらいみたいなその空気に胸がざわつく。
その瞬間に隣にいて欲しい人が浮かぶのなら、きっとわたしはその人をたまらなく愛している。
試着室で頭に浮かぶ相手こそ自分が恋している相手だというのは名言だと思う。
これを着たまま会いたい!って思ったら最後、値段タグは見ないことにする。
恋する相手には、ポジティブで輝いたわたしを見てほしくなるからだ。最高に可愛い服を着た可愛いわたしを見てほしい。買ったばかりの新しい靴で会いに行きたい。
会う約束の前夜のバスタブの中で、明日は何を着て行こうか頭を悩ませるのならきっとその人のことがすごく気になってるってことだ。
でも、こだわりの綺麗な新品の服よりもためらいの部分に目が行っちゃう。
ほんとうはポニーテールの方が似合うワンピースにわざと下ろしたままの髪の毛。
新しいシャツにわざと履かなかった新しいスニーカー。
雑誌で見かけたお手本のコーディネートを頭に入れたはずなのに結局ちょっと恥ずかしくなって崩した完璧。
そこに見えるちょっとしたためらいがギュって愛おしくなる。
完璧でいたいはずなのに完璧じゃないちょっとした部分を愛してしまう。
だから切りすぎた前髪って可愛いのかな。
夜の帳が下りる前の一瞬のためらいをいちばん愛おしく思うのは、失いたくないから。
夜の濃ゆい美しさを知ってるくせに憧れのままがいちばん綺麗って知ってるから。
夜が完成する前に家に帰ろうって歩き出すけど、
公園のベンチで缶チューハイでも飲んで真っ暗な夜に追いつかれたい。
そうやって、完成した暗さを知って、楽しくなりながら、ちょっと寂しくなる。
愛おしい人と、それがやってみたい。