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クリームソーダ 3/4

初めて味わったクリームは、サクサクとしていていつものバニラアイスよりも美味しかった。
僕は、目の前に座る彼女のスプーンの行き先をつい目で追った。
彼女はスプーンが差し込んだままのクリームソーダを美味しそうに一口飲んで、僕を不思議そうな目で見つめた。
テーブルの上にはクリームソーダが二つ。
僕のクリームソーダに、すかさずスプーンが伸びてくるなんてことはない。
そして、今日の僕は、スプーンから溢れたクリームが、誤ってワンピースを汚してしまわないかなんて考える必要なんてもう無かった。
いつものようにデートの最後に、いつもの喫茶店でいつものクリームソーダ。
当たり前だった光景を取り戻そうとしてみたけれど、そんなこと出来るはずなかった。
パズルのピースをひとつだけ無くしてしまった絵のようだ。
しかも、いちばん大切なピースを。

今僕の目の前にいる彼女は、とても可愛らしくてちょっと控えめな性格で僕と趣味や食べ物の好みがよく合う。
いつも彼女は大きな瞳で僕を見つめながら、微笑む。
クリームソーダが好きな彼女と、僕はちゃんと上のクリームを食べながらクリームソーダを飲む。
幸せなはずだ。今はとてつもなく、幸せなはずなんだ。

僕はここに来るべきではなかった。ここに来て、クリームソーダを頼むべきでは無かった。
失ったものを取り戻そうとなんてするんじゃなかった。
僕は、少しだけ痛む傷を誤魔化そうと、目の前の彼女に昨日ドジをしてしまった話を、出来るだけ面白おかしく話そうとした。
彼女が頷きながら笑ってくれることに甘えながら。
そうやって、時計の針が過ぎていくのをただ見送った。
そうしているうちにテーブルのクリームソーダは、もうクリームがすっかりとサイダーに溶けきってしまっていた。
あの日の、彼女がすっかりとクリームを食べてしまったクリームソーダが蘇る。
この傷を埋められるピースはやっぱり一つしか無かったなんて、今さら彼女に言っても、笑ってはくれないだろう。


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