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屋上で3/3

少しだけ日差しが強くなってきた。空を漂う大きな黒い怪物の姿はとっくに遠くに消えていた。「ぼくは、お前に必要とされたかったよ。」ふいに出た言葉に思わず口をつぐんだ。
大輔は笑っていなかった。
「そういえば、どうしてお前は、あの時からぼくの前に現れたんだ?」
「俺は…飛び降りたあと、死んだはずなのに、身体はもう無いはずなのに、生きていた頃と同じような感覚で、気付けばこの世界に漂っていた。
いろんなものを見てきたよ。相変わらず、苦しそうにみんな生きてる。
平気な顔して笑ってるくせに、陰では泣いてるんだ。
でも、お前は昔から泣き虫なくせに、俺が死んだ時は泣かなかったな。
もう一度、お前に会いたいと思った。」
「泣けるはずがないだろ。本当に悲しい時は泣けないんだよ。
死ぬ前にぼくに話してくれたらよかった。
お前とぼくは正反対だ。ぼくがお前を止められたかは分からない。それでも、ぼくはお前に、生きろって…」
「それは、俺が今、お前に言いたいセリフだ。こんな俺が言っても何の説得力も無いことは分かってる。
でも、何かに悩むことは生きてるからなんだろ。
苦しいって思うのは生きてるからなんだろ。
永遠に6月が続くことなんてないように、いつのまにか雨だって降るのに飽きてくる時が来る。
そうやって雨雲の隙間から薄日が差した時、お前はいつのまにか、あぁ、そういえば生きていたなぁって思うんだ。
そうだろ。
俺はこの数ヶ月間、さまよいながら色んな人たちを見てきて、ようやくそんなもんなんだ、って俺は分かったよ。
まぁ、もう俺は死んでるから意味ねぇんだけどな。」

「何だよ。お前らしくねぇな。」
そう言ってぼくは、ジョークを笑い飛ばすように、大輔をからかってみるのが精一杯だった。
そんなの、お前も生きながら気付けばよかったことなんだよ。
死んでる、なんてそんなジョークちっとも面白くないよ。
「分かったら、さっさとしけた顔なんてやめてさ、帰って飯でも食えよ。今日のお前の家のご飯は、カレーだ。」
気づけば、ぼくの影はさっきよりもだいぶ伸びていた。地面のぼくはひとりぼっちだった。
「なぁ、またここに来れば会えるよな?話せるよな?まだ昨日発売の新作のゲームの話をお前としていない。帰ったら急いでやるからさ。
それから…」
大輔は何も言わずに笑って手をひらひらさせながら、ぼくを急かした。
「明日も来るからな!」何だかいたたまれなくなってぼくは大輔に叫んで屋上に続く階段を一気に駆け下りた。

「あ!おかえり!ご飯食べる?」美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。妻は共働きながら、いつも帰りが遅いぼくを待ってて食事を温めてくれる。
食卓の白っぽいテーブルクロスには、カレーライスの艶やかなコントラストが映えていた。

そういえば、あの日、少年だったぼくが最後に大輔に会った日。あの日のぼくの夕食は野菜炒めだった、とふと思い出した。
ぼくの嫌いなナスがたっぷり入っていた。
いつかまた大輔に会ったら、何がカレーだよ、全然、違うじゃねぇかよと文句を言ってやりたい。
そう思って、いつしかそんなことも忘れて、気づけばぼくはここまで人生を歩いてきた。
いや、流されてきたのかもしれないし、時にはちょっぴり抵抗をしながら、でもぼくは、あぁそういえば生きていて。
そんなもんだよ。と歯を見せて、ハハ、と笑う大輔の顔を久しぶりに思い出していた。
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