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クリームソーダ1/4

「上のクリームだけちょっとちょうだい」
僕がクリームソーダを飲んでいると、君は決まって悪戯っぽく微笑みながら、上の真っ白なアイスクリームにスプーンを伸ばしてきた。
僕が何も言わずにグラスを少し彼女の方に差し出すと、彼女は嬉しそうにクリームソーダに飛びつく。
「ほら、気をつけて」
危なっかしくスプーンを自分の口元に運ぶ彼女が、スカイブルーの水玉模様のワンピースにクリームを零してしまわないように見守りながら、このままずっとこうしていたいと思っていた。
「ねぇ、どうしていつもクリームソーダなの?」
「クリームソーダが好きだからだよ」
「変わってるね。わたしは下のシュワシュワしたのが好きじゃない」
そう言って彼女はまた、クリームに手を伸ばした。
上の美味しいクリームは彼女がすべて食べてしまうから、僕はクリームソーダを飲んでいるはずなのに、クリームを食べたことがない。少しだけサイダーに溶けたクリームと、下のシュワシュワしたサイダー。それがクリームソーダだと思っている。

僕は、彼女とのデートには必ずこの純喫茶を訪れ、すっかり定番のデートスポットになっていた。そして、いつも僕はここでクリームソーダを頼む。
おかげで、クリームソーダを見るたびに僕は彼女を思い出し、クリームが下のソーダに沈んでしまわないように慎重にクリームソーダを飲むことに無意識に気を使うようになった。


今日もまた、デートの最後にいつもの純喫茶の扉を開けた。
僕はいつものようにクリームソーダを注文し、庭が見える窓際の2人掛けの席に座った。
目の前に座る彼女が店を見渡すように首を振るたび、彼女の華奢なピアスが揺れて、それは何となくこの喫茶の庭に棲みつく猫の尻尾のようだと思った。
いつものように、クリームソーダのクリームが沈まないように、クリームを避けながら慎重にストローをさす。
目の前の彼女をチラと見ると彼女は、窓の外の猫に夢中だった。
「この猫ちゃん、かわいいね」そう言って笑う彼女の側で、クリームソーダの氷がカラリと涼しげな音を立てる。
やがて猫が退屈そうに僕たちに背を向け、丸い紙のコースターがグラスの水滴でしっとりと濡れ始めたころ、ようやく彼女はクリームソーダのクリームにスプーンを差し込んだ。
小さなスプーンに一口分すくわれたクリームが、小さな唇の中に溶ける。
「美味しいね。わたし、クリームソーダって好きだな。特に上に乗ってるバニラアイスが」
目の前の彼女の真似をして、僕もスプーンでサクとクリームをすくった。
ぽっかり浮かんでいたクリームの右半分は、もうソーダの中に溶け始めていた。

今日、ぼくは初めてクリームソーダのクリームを味わった。

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