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二十歳の頃の作品

二十歳の頃堀辰雄の「風立ちぬ」を読みました。登場人物の節子が絵を描いている美しい風景が頭に残りました。「そうだ油絵を描こう!」
思いつくと絵に詳しい友人と一緒に大学近くの画材屋に行き、最低限の油絵の道具を選んでもらいました。

道具は揃いました。
週末栃木に帰省した折、小さな頃から通っていた教会のミサに行きました。神父様の肖像画を描いて誕生日に贈った青年がいました。絵が好きで学んだものの実家の家業を引き継ぎ、それでもこつこつと絵を描き続けていました。

咄嗟の思いつきで絵を教えてもらえないかとお願いすると、
「教えることは出来ないですが、
一緒に描くことは出来ます。」と快諾していただきました。話を側で聞いていた教会のかたも信者会館を使っていいと申し出てくださいました。
時期を同じくして実家近くで家庭教師を頼まれて毎週実家に帰ることになっていたのです。
週末は実家に帰り、昼間は家庭教師、夕方から教会で青年に教えていただきながら絵を描くというローテーションが始まりました。

青年は印象派の絵が好きでした。
「光は色の明暗で描くんだよ。」
色の明暗?
私にとっては新しい発見でした。
「物を形で捉えないで。
面で捉えてごらん。」
面?
それも新しい発見でした。見慣れた物が違って見えてきました。
青年は言葉少なく私の隣で同じ物を描いてくれました。描かれた物は言葉で伝えるよりたくさんのものを伝えてくれました。

そんな生活はニ年ほど続いたのですが、家庭教師をしていたお嬢さんが大学に入ると同時にアルバイトは終了、アルバイトの収入を帰省する交通費に当てていたので毎週栃木に帰ることも出来なくなりました。
そうして、
絵を教えていただくのも終わりになりました。

その後なんどか絵を習う機会がありました。
絵筆を握る度にあの青年の横顔を思い出すのです。

青年の瞳に映っていた景色はどんなだったのだろうと。
「あなたの見ている青と僕の見ている青が同じとは限らないんだよ。
あなたはあなたの青しか見ることが出来ないんだよ。」

自分の見ている青が私にしか見えない色だとしたら、そしてそれが深く心に響く青だとしたら、他の誰かにも伝えたい。
あなたにはあなたしか見えない色があり、私には私しか見えない色がある。違う色があることを知った時に、今まで見たこともない色が出来上がることだってあるはずだ。

隣で同じ物を見て絵を描いていた青年の横顔を思い出す度にそんなことを思うのです。

実家の家業を継ぎながら絵を描き続けていたあの時の青年が今どうしているか分かりません。
それでもきっと今でも描き続けていてくれると思っています。



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