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ありがとうを伝えたい

ありがとうと伝えたくても伝えることができない沢山の人たちがいます。その人たちにここで「ありがとう」を伝えられたら、と思うのです。

(堀切菖蒲園駅の駅員さん)

私は学生の頃、大学近くに下宿していました。父はなかなか仕送りをしてくれない人で、2ヶ月に一度、あるいは3ヶ月に一度しか送ってくれませんでした。当時は公衆電話で実家に連絡をとりましたので、手元に残った20円を握りしめて、仕送りをして欲しいと頼んでも、送ってくれないことが度々ありました。
仕方なく、私はアルバイトを2つ掛け持ちして、生活費や学費に充てていました。それでも、新学期になって教科書を買わなければならない時期は遣り繰りするのがとても大変でした。

当時、私がしていたアルバイトの一つは家庭教師でした。
京成線の堀切菖蒲園駅から歩いて10分ほどの所にあるお宅に週3回通っていました。

その日、私は大学のある池袋駅から堀切菖蒲園駅までの片道のお金しか持っていませんでした。その頃は電車に乗るには、現金で切符を買うしか方法がありません。家庭教師宅でお給料をいただける予定でしたので、帰りの切符を買うことはできるだろうと思っていました。

ところが、その日家庭教師宅でお給料をいただくことが出来なかったのです。

帰り道、どうしてよいか途方に暮れていました。
堀切菖蒲園駅から池袋駅まで歩いて行くには遠過ぎます。駅に着いて、窓口にいた駅員さんに事情を話しました。

駅員さんは、「お金を貸してあげるから使いなさい。次にここに来る時に返してくれればいい。」と言ってお金を渡してくれました。私は、「お金を返すまで、これを預かってください。」と学生証を駅員さんに渡しました。
駅員さんは微笑みながら
「学生証を見たから、あなたがどういう人かは分かりました。学生証は大切なものです。これはあなたが持っていなければいけません。お返しします。」と言って学生証を返してくれました。

駅員さんにお借りしたお金で、私は無事に下宿まで辿り着き、そして翌日もう一つのアルバイト先にも行くことが出来ました。もう一つのアルバイト先ではお給料をいただくことも出来ました。

次の家庭教師に伺う日、私は駅員さんにお借りしたお金を持って駅の窓口を訪ねました。お金を貸してくださった駅員さんがいらして、無事にお返しすることが出来ました。
「本当に返してもらえるとは思っていませんでした。」と駅員さんは何度もありがとうと仰っていました。ありがとうと言うべきなのは私の方なのにと申し訳ない思いになりました。

時折、あの時のことを思い出します。
そして、あの時の駅員さんに、もう一度ありがとうを伝えたいと思います。
困っている人がいたら、些細なことしか出来ないけれど、自分の出来ることでお役にたちたい。
それが、あの駅員さんへのお返しになるのだ、
そんなふうに思えてくるのです。




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