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あらたな装いで、この恋はつづく
このnoteは、林伸次さんの恋愛小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』文庫版解説文エントリーのために執筆した記事です。近年、なかなかまとまって本を読む機会がない中、さらりとみずみずしい気持ちで一冊の本を読ませてくださった林さんに感謝の気持ちを込めて。
ある日、恋をした。
年齢をそれなりに重ね、幾度もの経験を重ねてくると、そうそう簡単には恋ができなくなる。
「これは恋かも」
たとえ、そう思う瞬間があったとしても「この胸の高鳴りは、前にもあの人と出会ったときの感触と似ている。でも...」などと考えはじめると、最初に確かに感じたその「恋」のような感情は泡のようにいつしか消えてしまっていくことも多い。だが、しかし。
ある時、東京・渋谷にあるバーに訪れた女性が「恋愛には季節がある」とバーテンダーに声をかける小説を目にした。
バーのテーブルには、女性からのリクエストにバーテンダーが応えたキールが細身のワイングラスに注がれ、その空間には、ハスキーボイスが歌われる歌詞に説得感を与えるアニタ・オデイのレコードが流れていた。
切れ長な目とすっと通った鼻筋に、少し前の中国映画の女優のようなうちに秘めた華やかさを感じさせる、三十代前半ぐらいその女性は「恋愛はもっとも楽しい春から始まり、やがて一日の八十パーセントぐらいは相手のことを考えてしまう夏を迎え、かと思うとあるとき、突然秋の風がふく」という。そして「いずれ冬の季節がくることはわかっているが、そんな時間も抱きしめてあげないと、自分の恋愛がかわいそう」とバーテンダーに話す。
一字一字を目で追いながら、その押しつけがましさのない文体に、なにげなく惹き込まれている自分を感じる。
「これは恋か?」
一頁一頁をめくっていくと、さまざまな環境に身を置き、いろいろな想いを抱えた男女たちが、永遠に色褪せることのない淡い恋や、けっして結実することのない刹那の恋について語っていく。そして、その恋の語り部たちと常に適正な距離感を保ちつづけるバーテンダーの存在と「恋のはなし」に寄り添う酒と音楽の在り方が、ただただ粋である。
好きなあの人が、いつもとは違う髪型や服装をしているのを見かけたときに、ふっと感情が揺れうごくように、あらたな装いをみせる林伸次さんの著書『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる』文庫版にも、僕は恋をするのだろう。このひとつの恋愛小説に対する想いが、冬の季節を迎え、なにげなく終わるのはまだ当分先のようだ。
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