枇杷と山仲間と魚

縁側で爪切りをしていると、隣の家から何やら話声がする。

どうやら、枇杷の実が気になるらしい。

例年、ウチの枇杷の木が塀をこえて隣の家の敷地に枝を広げてしまうのを隣家のご主人が枇杷の実を収穫しつつ剪定してくれていたのだが、昨年のちょうど今頃不慮の事故で亡くなられてしまったので今年はかなり茂ってしまっていた。

「あぁ、すみません、よろしければ取っていただけると助かります。」

「じゃ、遠慮なくいただきます。」

隣家の奥さんと話していた声の主が塀からヒョッコリと顔をのぞかせた。

身軽に枇杷の実をもいでいく。

お隣さんの庭には足場になるようなものがあったかなと思ったが、ま、あるんだろう。

少し風が冷たくなってきた。

中に入ろうとすると、隣の奥さんから声がかかる。

「こっちでお茶しませんか?」

「はぁ」

かなり、億劫ではあるが、近所付き合いも大切であるので、行く事にした。

声の主はご主人の山仲間だという。

しきりに山はいいと言う。これは登山をする人のクセみたいなものなのかもしれない。ご主人もよくそう言っていましたなと言うと、奥さんは少し涙ぐんだようにみえた。

日も暮れてきたし、魚を見てやらないといけないので帰ろうとすると、山仲間が魚をみたいというので一緒に隣家をでた。

魚をみたい大人なんて、そうはいないので、きっと隣家をでる口実なんだろうなと思ったが、はたして山仲間はウチにやって来た。

「ほう、こりゃいい魚だ」

やけにキッパリと魚を褒めた。気のせいか魚が嬉しそうに見えた。

魚と山仲間との間にどういうやりとりがあったのか分からないが、魚を連れて帰りたいという。

魚もどうやら乗り気らしいので、魚籠にいれて枇杷の葉をのせて、水槽の水をペットボトルに入れて持たせてやった。

山仲間は時折やってくるようになった。
来ては魚の様子をしゃべり、隣家に寄って帰るという塩梅だ。

やはり魚はよい口実なのだ。

夏が過ぎた。

枇杷を大きく切るかと色々思案していると、山仲間がやってきた。

魚を返したいという。

話を聞くと奥さんと所帯を持つという。そうなったからには魚は不要という訳でもないが丁重にお返ししたいとの由。

何処に住むかと聞くと奥さんの家に住むという。

「魚に会いたくなったら何時でも会えるし、一石二鳥ですわ。」

そう頻々に来られても少し迷惑だが、ご近所がにぎやかになるのも悪くはない。

魚を元の水槽に戻してやった。

少し大きくなったような気がした。

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