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白銀に舞う
その週末、仕事で雪山に既に入っているお隣の山仲間に合流する為、奥さんと私と魚は電車でもって信州に向かった。
魚は窓の外を見ていて飽きないようだ。
小さな驚きの声が聞こえてくる。
魚が入っている透明な水筒用に奥さんが作ってくれたカバーには外が見えるようにスリットが入っていた。
トンネルをくぐるたびに冬の気配が強くなっていった。
奥さんが、不意にいう。
「前の主人と今の主人と私は同じ大学で、2人は山岳部の先輩後輩の仲だったんです。」
「ほう、ガクユウというやつですな。」
何か言いにくい事があるらしかった。
「私は今の主人の事が好きだったのです。」
2人とも熟年といっていい年齢だとおもうが、なんだかキラキラしているな。
いにしえの登山家にもそんな人があったような気がした。あいにくどんなストーリーかは忘れてしまったけれども。
「どういう訳で前のご主人とは一緒になったんです?」
「やはり、山は危険という思いがありました。前の主人は一緒になるなら山はやめると言ってくれたんです。」
山を捨てた男は先に逝き、山を生業とする事を選んだ男は生き残ったわけか。なかなかうまくいかぬものだ。
だが待てよ、かの人はよく山にいっていた筈である。
「前のご主人は、よく山にいっていらしたようですが、約束は反故にされたという訳ですか?」
「そうですね。全く山に行かないという訳には行かなかったようで、低山にはいっていたんです。ただ、行方不明になったのはアルプスでした。」
不覚にも前のご主人がお亡くなりになったときの仔細は知らなかった。ご遺体はまだ見つかっていないのだろうか。
お葬式の時は出張していたし、他家の事情を教えてくれるようなご近所さんはいなかった。
隣の奥さんは底知れぬものを抱えていたのかと思うと自分の人生はなんと単純なのだろうかと思った。
「ふぁ」
魚が声を発した。
窓の外はいつか暗くなっていて、白い結晶がチラチラと舞い降りてきていた。
南アルプスの山々はぶ厚い雪雲に覆われていた。
そろそろ待ち合わせの駅だった。
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