魚を調べる
寒くなってきて、天気がいい日には縁側で日向ぼっこをすることが多くなった。
山仲間のお隣りさんは山に行っているようだ。最近は奥さんも一緒に行っているようで、お土産をくれる。仲良きことは美しきかなといったところだ。
釣り好きの知り合いはどうしているのかなと思っていると、果たしてやって来た。
「今日はお客さんを連れてきたよ。」
意外なこともあるもんだとおもっていると、お客というのは沢筋で黒い鳥を狙っていたスナイパーだった。
「や、どうもこの前は。」
どうぞとも言わないうちに上がり込んできて、魚の前に座った。
「いやね、この前、コイツをみてからわすれられなくってねえ。」
と誰にいうでもなくいうといきなり、向き直って土下座した。
「どうかこのサカナを譲ってください。」
状況が飲み込めないでいると、釣り好きの知り合いが説明してくれた。
魚のことが気になって、鳥の仲間をいなした後で元の場所に戻ってみると我々は去ったあとで、遠ざかっていく車のナンバープレートを超望遠のカメラでを撮ったらしい。それで釣り好き氏にたどり着いたという。
恐ろしい執念である。
それほどまでに魚が欲しいというなら、きっと魚を大切にしてくれるだろうし、第一、断るのはちょっと怖いなどと思っていると、釣り好きの知り合いがいう。
「魚を調べてみたいんだって。珍しい魚かもしれない。」
珍しいということについては反論はないが、それについて調べる必要はないだろう。
魚は平い石の上に静かに寄りかかっていた。
「何をお調べになるんですか?魚を渡すわけにはいかない。」
想定外の言葉が自分の口から出た。
「ちょっとDNAを調べさせて貰いたいと。」
「魚を傷つけるようなマネはやめていただきたい。」
またしても、勝手に言葉が口から出た。
暫く押し問答をしていたが、水槽の水からDNAがとれなくも無いということで、スナイパーは不承不承水槽の水を持ち帰った。
新しい水の中に魚を入れると少し寒いようだったので、ヒーターをつけた。
それからちょうど1週間後に庭でもって草むしりをしていると、またスナイパーが来た。若い連れがいる。何故か釣り好きの知り合いもいた。
「この度はお魚の件であらためてご挨拶に参りました。」
若い連れがいう。この人はかなりキチンとした服装をしていた。なんといってもブレザーを着ている。
「先日、小池が持ち帰りましたサンプルを解析いたしましたところ、このお魚が新種である可能性が出てきました。つきましては是非ともお魚のご提供をお願いいたします。」
スナイパーは小池さんというらしい。
しかし、だからといって、魚を委ねてよいという理由はない。
が、こう何度もやって来られるというのも迷惑だ話である。
「お断りいたします。」
この前と同じだ。自分の迷いとは無関係にキッパリと断ってしまった。
「いや、その、この小池にチャンスをください。」
なんだか、選挙カーの呼びかけみたいになってきた。
「あのう、アナタ方はどちら様ですか?」
今更ではあるが、きいてみた。若い人はハッとしたらしかった。
「し、失礼しました。」
新日本魚類研究所という所の人で、スナイパーの上司だという。かの人の研究のために馳せ参じたという。
「小池の研究にこのお魚がどうしても必要なのです。」
面倒くさくなってきた。もう、魚をあげてしまおうかとおもった。
その瞬間、何故か自分達の都合ばかりを主張する人達に対してフツフツと怒りが込み上げてきた。
「お断りします。この魚の分類がどうであるとかどうでもいい事です。お引き取りください。」
スナイパーは青くなり、彼の年少の上司は科学の発展の為だか、種の保存の為にはこの魚が必要であるとかクドクドと説明しはじめた。
私は内心では魚をあげてしまいたかったが、口では拒絶し続けていた。
結局、2人は魚のオデコのあたりを軽く綿棒で擦って帰っていった。
「魚のことを大切にしてるんだな。」
釣り好きが意外そうに言った。
なんと言ったらいいかわからず、お土産の包みを開けると鮎型のどら焼きだった。
魚が食べたそうにパクパクしていた。
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