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川でのこと

それはいつの事だったろう。
梅雨入り前のやたら空が青い日だった。

釣りに行くという知り合いについて、川の上流のほうの駅で降りた。

知り合いは釣りを一緒にしたらどうかと言ってくれたが、魚のヌラヌラした感じがイヤだったので断った。

河原に降りて知り合いとは分かれて河原を歩く事にした。

近所の河原とは違って、石の大きさが違うし、なんだかゴツゴツしている。

なるほど、なかなかこの河原はいいなぁなどと思いながら歩いていると、川の方から誰かが呼んでいる。

「モシモシ」

誰も居ないように見えるけれども、小さな声が聞こえてくる。

川のそばに行くとそこには、5センチくらいの魚がいた。どうやら、その魚が声の主らしい。

「あなたは釣りをしないんですか?」

「ええ、しませんよ。」

「したらいいじゃないですか?」

おかしな事をいう魚もあるもんだ。流石に感触が気色悪いとはいいかねたので、少し婉曲に断る事にした。

「性分に合わないのです。」

魚は得心がゆかないようで、口をパクパクさせながら、言い募ってきた。

「ワタシを釣って貰えませんか?」

「はあ」

段々と面倒になってきた。

「今日は魚籠を持っていませんし、どうでしょう。また違う日にしてもらえませんか?」

「そんな事をいって、煙にまこうというんじゃないでしょうな?」

「約束しましょう。次の次の日曜にきっとまた来ますよ」

如何にも心外であるというようにいってその場を去った。

そんな約束をした事はすっかり忘れていた。梅雨になって、外出するのも億劫になっていた。

釣り好きの知り合いから連絡があった。

「河原に行かないか?」

「雨で、増水しているんじゃないですか?」

「上流はそうでもないようだし、いつもと違うところを偵察しようと思う。」

今度は車で行った。
なんだか、よく分からない人だなぁと思ったが、要らぬ摩擦を起こしたくないので質問はしない事にした。

違う川に行くと言っていたのに、また同じ川に降りた。

「今日は一緒に行こう。」

釣りはしないが、釣りの道具は持っていくという。よくよく分からない人だと思った。

「魚籠を持ってくれ。」

何かを忘れているような気がしたが、気にしない事にした。

少し水は増えているが、河原は乾いていた。
不思議な事もあるもんだ。

違和感がある時は山に入らない事にしていると言っていた隣家の住人の事を思い出した。かの人は、GWに山でもって凍死したのだがきっとその時は違和感がなかったのだろう。あるいは違和感があったのに無視したのかもしれない。

知り合いはズンズンと歩いていった。

思い出した。

魚と約束をしたのだった。しかし、あれは幻か何かであろう。自分を釣って欲しいなどという魚はいない。

暫くして見覚えのある木があるところに来た。

「ここで約束したろう?」

知り合いがいう。この人は何を言っているのだろうか?

「魚籠をくれ。」

見ると小さな魚を手に持っている。いつのまに魚を捕らえたのか?分からない事ばかりだ。

魚籠に魚を入れると、その辺に生えてる草の葉を魚にかぶせた。

「少しの辛抱だ。」

そう魚に語りかけた。

その魚は今は我が家の水槽で泳いでいる。
時々、知り合いがやってきて様子をみている。

よくわからない事があればあるものだ。


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