鳥を見る

釣り好きの知り合いから、沢に誘われた。

何時もいく河原よりも上流で滝なんかもあって涼しいという。

残暑が厳しくて、外に出掛けるのが億劫だったので、行くことにした。

魚も行きたいというので、小さなプラケースに入れてつれて行く事にした。

舗装された道が途切れた所から暫く行くと宿屋があってそこの横から沢に降りた。いつもの川も綺麗だけれど、こちらの水は透き通っていた。

魚に泳いでみるか聞くと、やめておくという。冷たい水はカラダに毒だという。

夏に海で泳いだのがよくなかったのかもしれない。妙に慎重になってしまった。

知り合いは滝を遡っていくと言うので、そこで分かれて魚を連れて少し下流の日当たりが良い所へ移動することにした。

細かな色様々な石が水底に堆積していた。

木漏れ日が水面でキラキラしている。

「少し泳いでみる?」

「そうだね。少しだけね。」

魚は流れが穏やかで、日差しが届く浅いところの水にスルリと滑り込んだ。

やはり、自然の中は気持ちいいのだろう。家では見せないキビキビした動きをしたりフワーっと浮いたりしていて飽きないようだ。

いきなり上流から男が林道を駆けおりてきた。

驚いた魚は岩陰に隠れた。

「あれ?こっちに来たと思ったけどなぁ。」

手には大きなスコープをもっている。まるでスナイパーのようだ。

スナイパーのような俊敏さはなかったが、度がきつそうな眼鏡の奥の目はなかなか鋭そうだ。

「どうされましたか?」

「いやね、鳥ですよ。カワガラスっていうの。」

「ほう、黒いんですか?」

「そそそ、黒いのよ。」

スナイパーは私の横の石に腰をおろした。

「オタクは何してんの?」

魚を遊ばせているとはさすがに言いかねた。
逡巡していると、素早くスコープを構えた。

「しっ!」

黒いふっくらとした鳥がツツツっと足下に近寄ってきていた。

デジカメなのか、カメラからはまったくシャッター音がしない。

暫くすると、黒い鳥は首を傾げて何処かに飛んで行った。

「いやぁ。よかった。」

スナイパーは喜びながら去っていった。

スナイパーが去ると、また黒い鳥が戻ってきた。魚と何事か話しあっているようだ。自然に棲むもの同士で通じ合うものがあるのかも知れない。

鳥は身繕いをしては、水を浴びまた羽を乾かすというのを繰り返していた。

そろそろ引き上げようとしていると、スナイパーが仲間を連れて戻ってきた。

黒い鳥は慌てて尾羽をクルクルっと振ると飛び去っていった。

「あぁ」

残念そうな声がきこえる。

「あぁ、残念!少し待つ?」

「いやぁ、もう次いこうよ」

魚を何気なくプラケースに戻していると、スナイパーの仲間に見咎められた。

「魚取っちゃダメだよ。禁漁だよ。」

魚をとっている意識がなかった。どうしたもんか。

スナイパーが助け船を出してくれた。

「いやいや、これはオッケーな魚じゃないかな?ヤマメとかイワナと違うよ。もう、いこうよ。」

スナイパー達が去った後で、私と魚は早々に引き上げた。

宿屋の食堂にゆくと、釣り好きの知り合いが戻ってきていた。

釣れないという。

迂闊だった。
「禁漁じゃないんですか?」

「いや、9月まではオッケーだよ。」

今日は釣りの為にここに来たのか。

スナイパーとその仲間の事を話すと、きっと嫉妬したんだろうと言う。

「そのお仲間は鳥が見れなくて悔しかったんじゃないかな、だから、そんな事を言ってしまったんだろうな。」


人間の機微というのは難しいものだ。

魚が言ったようだった。

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