二年半ぶりにドイツで推しに会ってきた話⑤
コンサート二日目。
朝日が昇ると同時に目が覚める。できることなら毎日最低でも10時間は寝たいのに推しのこととなるとパッチリ目覚めるから愛の力はすごい。
理由はもちろん早めの席取りのためだ。先日もらったアドバイス通りに開演の四時間前には会場入りするつもりでいた。
ホテルとドーム間の移動も慣れたものでスムーズだった。昨日は入口が見つからずぐるぐるドームの周りを回っていたが、その過ちから地図を意識して歩くとあっさりと入り口に到着。
全て順調に行ってるように思えた。現場のスタッフにもどのゲートから入場するか確認し、安心しきっていた。が、チラホラピンク色や白色のリストバンドをしている人とすれ違い、「そういえば昨日アリーナ席にいる人たちもみんな腕になんか巻いてたな」と思い出した。直感が「あのリストバンド手に入れないとやばい」と訴えてくるまでそう時間はかからなかった。
海外生活からこういう場面では躊躇わずに人に聞くのが一番だと身に染みていたので、優しそうなファンを捕まえて質問する。
「すみません、そのリストバンドどこでもらえるんですか?」
「あ、これ?あなたが持ってるチケットにもよるけど、アーリーエントリーかFOS(Front of stage)どっちのを持ってる?」
「確かFOSです。」
「オッケー。じゃあここから50メートル位歩いたら仮設トイレが見えてくるから、そこで止まらず更に真っ直ぐ歩いてね。そしたらゲートの近くでスタッフがリストバンド配ってるはず。」
「助かりました、ありがとう!」
言われた通りに進んでいくとリストバンドを配るスタッフの前にずらっと列ができていた。急いで列の最後尾につき、スマホで時計を確認する。公演開始までまだ二時間はあり、安堵の息が漏れる。自分の順番がやっと回ってきてチケットを見せると、スタッフが眉間に皺を寄せてこう言った。
「これはアーリーエントリーのチケットじゃないよ。君のはFOSチケットだから、向こうにある列に並ばないと」と言われ、先ほど通りすぎた仮設トイレ近くの方向を指差していた。「さっきの親切なファンが言ってたのはこのことか」とやっと状況を理解し、また元来た道を急いで戻る。
幸いなことに移動の距離自体はさほどなかったものの、こちらの方は長蛇の列だった。まだまだ開場まで余裕があるとはいえ、時間のロスは避けたかった。クルッと振り向き、後ろに並んでいるお兄さんに聞いてみる。
「あの、これってFOSのリストバンドをもらえる列ですよね?」
「うん、そのはずだよ。あなたのチケットを見せてもらってもいい?」
スマホからチケットのpdfを出そうとしたその時だった。
「ねえ、あなた昨日の子だよね?」
え。お兄さんの後ろから現れたのは、昨夜アリーナ席に逆流した時に声をかけた二人組のうちの一人だった。たまたま声をかけた人とまた次の日に何の約束もなしに遭遇する確率よ...!奇跡としか言いようがなかった。
「すごい偶然ですね!今、こちらの方に私のチケットを見てもらって並んでる列が正しいか確認していただこうとしていて...」
「FOSでしょ?昨日見せてくれた。この列であってるよ。」
お兄さんは突然二人の間に挟まれて繰り広げられる会話に嫌な顔を一つせず、それどころか「解決してよかったね」と言い、私たちが一緒に並べるように順番まで譲ってくれた。ドイツで仏に出会うとは。
「そういえば自己紹介がまだでしたね」とお互いの属するファンダムと推しと自分の名前について話す。彼女はENHYPHENとドゥケが特に好きだがモネクも大好きなフィリピン出身のPamさん(仮名)ということが分かった。
「私はママムのムンビョルが一番好きですが、ぶっちゃけみんな好きです。今日のドゥケとモネクのパフォーマンス楽しみですね!」と自己紹介すると、「あ〜ママムは最高だね!どの曲もいい」と言われなんだか自分が褒められたかのように嬉しかった。
ひとりで並んでると永遠に感じられた列もふたりでオタク談義に花を咲かせていると一瞬だった。途中リハーサルでAYAの音漏れがドームから響いてきて今日またママムが見れるんだという多幸感に包まれた。
ーー
開場までの時間を潰すために、お互い前日見ることができなかった"K-pop Festival"を覗いてみることにした。いくつものブースが並び韓国の辛いラーメンやヤンニョムチキン、ビビンパなどが売られていてどこも大繁盛だった。
日本にいるといつでも美味しい韓国料理にアクセスできるが、私は半年以上のオランダ生活で美味しい韓国料理に飢えていた。しかしPamさんを列に付き合わせる訳にもいかなかったので、泣く泣く誰も並んでいないプレッツェルのカートに向かった。ドイツのプレッツェルはいつだって裏切らない味の筈なのに、私はなぜか一癖利いたホウレン草入りのパンを選んだ。
結果は大・失・敗だった。ベチャベチャになったホウレン草とふにゃふにゃのパン。もしこのブログを読んで来年のK-POP FLEXに行くことを検討している方がいたらこれだけは覚えてほしい。
ホウレン草入りのパンを買ってはいけない。絶対に待機時間が長くてもヤンニョムチキンを食べた方がいい。ちなみにドイツは日曜日になるとスーパーマーケットも営業しないから、何なら前日に何か軽食を備えて挑むのが賢明だ。
食べ物の話はさておき、野外に設置されたステージではK-popクイズ大会なるものが開催されており、こちらも大いに盛り上がっていた。
ーー
いよいよ開場。Pamさんと私は調子に乗って「きゃー!」と走りながらアリーナゾーンに向かったらどイカついスタッフに「No running!」と一喝された。本当にごめんなさい。
反省しながらアリーナゾーンに着くと流石に先頭のベストスポットは全て埋まっていたが、もうここまで来て文句を言っていたら罰が当たるレベルで中央ステージは文字通り目の前だった。
「Pamさん、やったね!」しかし、そこに先ほどまでのにこやかな彼女の姿はなかった。何か気を触らすことがこの短時間で起きたとは思えず狼狽えた。
「Pamさん、この席はよくない…かな…?」
「ううん、近いしいいんだけどね。でも、私たち本当にベストを尽くした?」
ハッとさせられた。そうか、Pamさんにとってこれは自分との闘いだったのか。私はこの場所で満足していたけど、彼女は更なる高みを目指していた。席取りに全力で臨んでいたのだ。己の甘さを恥じた。
「確かに。もうちょっと真ん中に移動できるかトライしてみる?」
「ここを離れるのはリスクがあるけど…let’s do it!」
実はこの時点で鮨詰め状態だったが、私たちは思い切って空いたスペースを伝い、より舞台の中央に近い場所を確保することに成功したのだった。
ーー
開演。
昨日同様、順番に今日の参加アーティストたちが中央ステージに登場する。KAIくんで会場のボルテージが最高潮に達したところ、どこからともなく流れてくるアラブの笛の音。
AYAだぁぁぁぁ〜!!!!!え、どこどこどこママムちゃんどこ???
「HEY y’a… 」
い、い、いた〜!!!!!!アリーナステージに四人はいた。昨日と違って肉眼で4人の細かい動きが確認できる。
アリーナ席ってすっっご〜い!とピュアな感動を覚える。後ろ姿しか見えないがもうオーラが半端なかった。ママム4人はやっぱりスーパースターなのだ。
先日と同様、ムンビョルのキラーパートで会場から黄色い歓声があがる。天井に配置されたスクリーンで確認するとムンビョルさんはニッコニコだった。またアラサーの目からダムが放出されそうななる。
曲のクライマックスでは会場全体が一体となって盛り上がっていた。くぅ。ママム愛されてるぅ。AYAの伝説パフォーマンスが終了し、アリーナステージからママムが中央ステージに向かう。
「I say Ma ma ma ma moo-」
4人の美しいハーモニーが会場に響き渡り、またどっと歓声が上がる。みんなこの挨拶が聞きたかったんだよねぇ。うぅぅ。
挨拶後は『Gogobebe』。
「エラ〜エラ〜」の開始と共に我、発狂。左手にはムボン、右手には録画用のスマホ、目はムンビョルにロックオン。マルチタスクここに極まれり。
無我夢中で一緒に歌いながらも、「ママムちゃん、みんなスタイル良すぎでは?」と生で見る抜群のプロポーションに対して脳は冷静に反応していた。
ムボンを持つ人もそうでない人もみんなペンラを振り回して、『Gogobebe』を熱唱していた。ママムは場を盛り上げるのが本当に上手い。特にファサ様!繰り返しになるが、彼女たちは本当に愛されていた。ステージの上で楽しそうに輝く4人を、会場みんなが愛していた。この勢いでワールドツアーを開始してほしい。
次は泣く子も黙る最っょソング『HIP』。
ファンチャントをやっているのは私1人だけだったが、そんなの関係ない。私は2年半この日を夢見てきたのだ。会場には来られなかった日本のムムの分も声援を届けるという勝手な使命感にも駆られていた。
周りにいるファンたちが私のダミ声断末魔に驚いているのが嫌でも伝わってきた。が、そんなの関係ねぇ〜!
というのは嘘。一応理性のカケラはあったので実際はたまに小声で「Sorry…」って謝ってた。その度にみんな「分かってるよ、大丈夫」というスマイルを向けてくれた。勝手な解釈も甚だしいかもだけど、本当に優しい空間だったのだ。
一人全力かけ声をやって息つく間もなく、私の人生を何度も救ってくれた名曲of名曲『Um Oh Ah Yeah』のイントロが流れ、昇天しそうになる。でもここで昇天してはいけない。生きねば。
曲が始まるとメンバーが中央ステージからアリーナステージに移動するためにブリッジを歩き出した。私は中央ステージから向かって右側のブリッジ部分にいたので「オギャアァァァァァァ!!!!! ムンビョリーーーーー!!!」ともう喉など潰す勢いで腹から声を出した。
次の瞬間。ミラクル was born。
ムンビョルが、推しが、私の方を見て笑いながら手を振った。パァッンと脳の中で何かが弾ける音がした。その瞬間、世界はスローモーションだった。
たかがファンサ。されどファンサ。2年半想い、想い、想い続けた画面越しなんかじゃなくて、現実に目の前にいる推しからのファンサ。
生きてるって最ッッッッッ高〜〜〜!!!ライブって最ッッッッッ高〜〜〜!!!
続けてソラさんもこちら側に向かってくる。我、ダミ声絶叫、続く也。あまりにも必死に叫ぶもんだから、斜め右前の最前ポジションにいたドイツのおばさまがムボンを全力シェイクしていた私の左手腕を引っ張り、もっと高く掲げてくれた。
「あんた前に行け!!」
0.01秒で事情を理解する。
チビの私にベストポジションを譲ってくれたのだ。
「I LOVE YOU!!!」と叫んで礼を言う。パッションがほとばしりすぎた結果、私は最前列に躍り出た。
ママムって最ッッッッッ高〜〜〜!!!アイドルって最ッッッッッ高〜〜〜!!!生きとし生けるもの、地球、宇宙、オタクの優しさ、最ッッッッッ高〜〜〜!!!ありがとう〜〜〜!!!(絶叫)
幸せの絶頂で脳がどこかにトリップしていたが、神経痛が何とか私を現実に繋ぎ止めていた。そう、この間私はずっと右手に横持ちでスマホを構えながらカメラを回していたのだ。
私の腕はプルップルに震え始めていた。でもここでカメラを回すのを止める選択肢などなかった。コロナで在宅になり絶望し、体力づくりのために筋トレを始めてから早2年。おかげで上腕筋はモコモコになった。私は悟った。今までの筋トレは今日この瞬間のためにあったのだ。耐えろ、あと少しでフィナーレだ。耐えるんだ上腕筋〜〜〜〜!最後にもう一度声をふり絞り、かけ声をする。
「オーーーーーイェス!!!ウームオッアッイイェー!!!オー!!イェス!オ~~~~~イイェエエエス〜〜〜〜〜!!!!」
…ママムの出番が無事に終了し、私もやり切ったので、noteもここら辺でフィニッシュしても良い気がする。しかし、この後に起こったプチハプニングとまた人の優しさに救われた話だけ最後にさせていただきたい。
ママムがステージをはけるのと同時に、私は震える右腕を下ろし、動画の撮影停止ボタンを押した。プツッ。ん?なんかいつもと音が違う気がする…。写真フォルダを確認する。そこにはあるべきはずの十数分越えのビデオは存在しなかった。サーッと血の気が引く。これは、撮影失敗…か…?
一方でコンサートは続く。ママムの次はIVEだった。レイさんが間近で歌って踊ってキラキラしているのにスマホなんぞに目をくれてやる時間はなかった。カンペキな『Royal』が終わって次のドゥケが出てくるまでの間にもう一度スマホを確認したが、やはりそこに動画はなかった。
正直かなりショックだった。暫し推しのファンサの瞬間を脳で頑張って再現し、記憶に染み付かせようと目を瞑る。そして、ドゥケがステージに降臨した瞬間から再び集中してコンサートをひたすら楽しんだ。
しかし、せめて数秒でもいいからライブママムの映像を手元に残せないかという強欲の壺が顔を出す。高速にスマホのメモに文言を打ち込み、近くにいたファンの肩をトントンと叩いた。メモの内容はこうだ。
すると相手は一瞬で事情を理解してくれて、「もちろん」と頷いた。目頭が熱くなった。まだコンサートの途中だったので、あとで詳しく話すことにして、お互い熱狂の中に戻っていった。
モネクのブチ上げパフォーマンスで会場がヒートアップした後に、大トリのカイ様が舞台に立つ。カイ様は王者の覇気を纏っていた。それなのに笑顔は少年のようであまりの美しさに意識が飛びそうになる。ふと斜め横に目をやると、EXOのペンラを握りしめた女性が啜り泣いていて、その様子を見て私もズビズビに泣いた。「アジアの初恋」は、「ヨーロッパの初恋」でもあったのだ。
ーー
公演後。
図々しくも動画の共有をお願いしたファンの方はしっかり私のことを覚えてくれていて、こちら側に一直線で向かってきてくれた。正面から見て初めて彼女が「TRICKSTER」と書かれたシャツを着ていることに気づき、瞬時にトゥムーン(ママムの弟分ONEUSのファンの呼称)だと分かった。
「もしかしてトゥムーンですか?そのシャツ素敵です!今日は…その…ONEUSが…」と言葉に詰まる。
残念なことに彼女の推しグループであるONEUSのメンバーはコロナにかかってしまったため、直前で欠場を余儀なくされていたのだ。私ですら悲しいのに、どんな気持ちなのだろうかと思うと言葉が出てこなかった。
「本当に残念よね。このためにイスラエルから来たんだけど。でも大丈夫、またどこかで見れるはずだから」と気丈に振る舞い、惚れるかと思った。
「イスラエルから来たんですか!本当にONEUSが大好きなんですね。推しは誰ですか?」としばらく和やかに推しトークを繰り広げる。すると、スタッフから早く会場を後にするよう促されてしまった。
「連絡先を交換しましょう。あとで動画を整理して、写真はイスラエルに帰ってから送るから」と言われ、急いで連絡先を交換する。彼女と私は退場する人の波に飲まれ、私はもう一度大きな声で「ありがとう!」とお礼を言い大きく手を振った。
その後ドームの外でPamさんと合流し、炎天下の中、二人で駅を目指しながら無言で歩いた。別れる時にハグをして、Pamさんとも連絡先を交換した。
夢が終わってしまった。
ホテルに戻ると、虚無感と疲労が襲ってきた。やっぱり夢だったんだわと思って写真フォルダを開くと、一気に目が覚めた。
あった。十数分越えの動画が。
撮影には失敗していなかったのだ。慣れない4Kの設定で動画を撮影したため、私の限界スマホがむちゃくちゃ容量を喰う動画をロードするのに随分と時間を要していただけだった。
震えながら動画を再生する。
「オンギャアアアアアアアア!!!!ムンビョルオンニサランヘッーーーーー!!」
ダミ声が狭いホテルの一室にエコーする。爆笑する。「誰やねん」と本気で思った。推しを目の前にし、憑依されたみたいな状態で叫んでいたので、普段の自分の声とはあまりにもかけ離れていた。確かに自分の声なんだけど必死すぎる他人が叫んでるようにしか聞こえず、めっちゃ笑えた。
SNSの通知が鳴る。
イスラエルのトゥムーンのBYさんが早速動画を送ってくれたようだった。動画を再生すると、私の限界ファンチャントがばっちし録音されていた。申し訳ない気持ちと私の半径2mくらいにいた世界中のオタクたちのスマホに断末魔が録音されていると思うとやっぱり笑えた。
優しい優しいトゥムーンさん、ありがとう。いつか日本で恩返しをしたい。お礼のメッセージを送ってから、意識が飛ぶのに5秒もかからなかった。
(おわり)