見出し画像

【新刊試し読み】『インドの奥のヒマラヤへ ラダックを旅した十年間』〈わたしの旅ブックス34〉|山本高樹

2007年から約1年半の間、インド北部の山岳地帯、ラダックとザンスカールに長期滞在して取材を敢行して以来、この地域での取材をライフワークとしている山本高樹さんの著書『インドの奥のヒマラヤへ ラダックを旅した十年間』6月15日(火)に発売されました。発売を記念して、本文の一部を抜粋して公開します。


本書について

インド最北部の山岳地帯に残るチベット文化圏、ラダック。チベット本土よりもチベットらしさが残っているこの地に、10年以上にわたって通い続けた著者によるラダック滞在記。「自分はここに来るべくして来た」と著者に言わしめるラダックの魅力とは何か。旅人とは思えないほどラダックに馴染み、非日常が日常になる寸前まで暮し込んだ日々の記録。著者撮影の美しい写真が旅情を刺激する、まさにラダック紀行の決定版と言える一冊。


試し読み

 
 僕を呼び寄せる何か

 初めてラダックを旅したのは、三十歳の時だった。
 中国の上海からトルコのイスタンブールまで、大半を陸路で移動する長い旅の途中、僕はインドの首都デリーからバスを乗り継いで、北を目指した。特に何か目的があったわけではない。何となく、北の方に行ってみたいから、という以上の理由はなかった。
 生まれて初めて経験する、標高五千メートルの峠越え。高山病の頭痛で朦朧(もうろう)となりながら、僕は、ほうほうのていでラダックに辿り着いた。
 そこには、想像もしたことのなかった世界があった。
 星が透けて見えそうなほど澄み切った、紫紺の空。険しい岩山に屹立する、白壁の僧院。乾いた風にひるがえる、僧侶たちの臙脂(えんじ)色の袈裟(けさ)。黄金色の麦わらを背負って歩く村人たちが口ずさむ、昔どこかで聴いたような、懐かしい節回しの歌。
 ああ、ここか。ここだったんだ。
 何の脈絡もなく、ただ直感的に、そう思った。
 一週間後に再びバスに乗ってラダックを離れる時も、僕は、確信に近い予感を感じていた。いつかまた、必ず、ここに戻ってくる、と。


目次

僕を呼び寄せる何か/いくつもの峠を越えて/変わりゆく王都/もう一つの家族/誇りをまとって/マルカ谷を歩く/ジミの結婚式/洪水と前世の記憶/祈りと輪廻/神からの言伝/セルガルの槌音/ランチョーの学校/花と鬼灯の人々/瑠璃の湖のほとりで/星空の下、王は眠る/ここは彼らの世界/ザンスカールを歩く/幻の道/友達はお調子者/スピティを歩く/永遠の瞑想/スピティからラダックへ/あの頃の僕へ


著者紹介

山本 高樹
著述家・編集者・写真家。2007年から約1年半の間、インド北部の山岳地帯、ラダックとザンスカールに長期滞在して取材を敢行。以来、この地域での取材をライフワークとしながら、世界各地を飛び回る日々を送っている。本書のほか、主な著書に『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』『ラダックの風息 空の果てで暮らした日々[新装版]』(雷鳥社)、『ラダック ザンスカール スピティ 北インドのリトル・チベット[増補改訂版]』(地球の歩き方)など。


画像1

インドの奥のヒマラヤへ ラダックを旅した十年間』著/山本高樹
 2021年6月15日(火)発売
【シリーズ】わたしの旅ブックス
【判型】B6変型判(173×114mm)
【ページ数】328ページ
【定価】本体1,430円(税込)
【ISBN】978-4-86311-302-2


本書を購入する


「わたしの旅ブックス」とは

“ 読む旅” という愉しみを提供する、がコンセプトの読み物シリーズ。さまざまな分野で活躍する方々が、自身の旅体験や旅スタイルを紹介し、人生を豊かに彩る旅の魅力を一人でも多くの人に伝えることをめざしている。ジャンルは紀行、エッセイ、ノンフィクションなど。