『ロング・ロング・トレイル』全文公開(26) 第五章 走って歩いて、旅をする (7/7)
2018年10月に出版した、木村東吉さんの著書『ロング・ロング・トレイル』を無料で全文公開します。
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コラム5 小さな借りを返す旅
これまで数え切れないほどの映画を観ているが、その中でも、時間が経てばまた観たくなる映画が何本かある。1983年に公開された『ライトスタッフ』も、そんな映画の代表的な存在で、当時、25歳だったボクは、強く感銘を受けた。
原題の「The Right Stuff」とは、「正しい資質」という意味。「パイロットとして、誰がもっとも素晴らしい資質を持っているか?」ということが問われる内容となっている。
舞台は1947年のアメリカ、モハベ砂漠のエドワード空軍基地だ。
実在のパイロットであるチャック・イエガーは、世界で初めて音速のスピード(マッハ1)を破った名パイロットである。
しかし時代は宇宙に向かっていた。
ソ連がスプートニクの打ち上げに成功したことに焦ったアメリカ政府は、優秀なパイロットを全米から探し出そうとするが、大学を卒業していないというくだらない理由で、チャック・イエガーはその候補から外れた。別に宇宙飛行士に選ばれた7人のパイロットたちは、世間の華々しい注目を浴びる。
そんな中、チャック・イエガーはたった一人で新たなるチャレンジを企てる。
砂漠を馬で駆り、バーで「テネシーワルツ」に合わせてチークダンスを踊るチャック・イエガーは、時代に取り残された、頑固でちょっとアナログ的な男を感じさせる。
かたや7人のパイロットたちは世間から大きな注目を浴びるが、人を宇宙に行かせるのには、多数の人々がプロジェクトチームとして関わっており、その助力によるところが大きい。
そういう状況で己の資質を発揮できるのだろうか? という疑問も付きまとう。
音速のスピードを初めて破った際にも、新たなチャレンジに飛び出す時にも、イエガーとジェット機のエンジニアの男はまったく同じやりとりをする。「ガムを一枚くれないか? あとで返すから」
イエガーが放ったこのなんでもないセリフが、ボクの琴線に強く触れてしまった。
もしかしてこれから死ぬかもしれないほどのチャレンジに向かう。そしてその際に、たった一枚のガムという「借り」を作っていく。そしてその「借り」を返すために、なにがなんでも無事に戻って来てやる! という気迫を感じた。
華やかな活躍をする他のパイロットたちを横目にしながら、頑なに己の人生を歩んでいく姿に、深く影響されてしまったのである。
自分もそんな風に生きていきたいと強く願った。世間に認められようが、認められまいが、自分の信じた道を歩んでいく。そして自分の中の小さな約束ごとを、少しずつでも果たしていくために、新たなるチャレンジを続ける。ボクにとって、旅はいつでもチャレンジだ。
誰かが言っていた。
「予定していた飛行機に乗り遅れた瞬間から、本当の旅が始まる」と。
旅に出る時にはいつもココロの中で、誰の足跡もないフロンティアが広がっている。その未知なるフロンティアの中にこそ、自分が人生の中で欲するなにかが待っている気がするのである。
木村東吉(きむら・とうきち)
1958年11月16日生まれ。大阪府出身。ファッションモデル、エッセイスト。10代の頃からモデル活動をはじめ、上京後は『ポパイ』『メンズクラブ』の表紙を飾るなど活躍。30代よりアウトドアに活動の場を広げ、世界各地でアドベンチャーレースに参加。その経験を活かし、各関連企業のアドバイザーを務め、関連書籍も多数刊行。オートキャンプブームの火付け役となる。
「走る・歩く・旅する」ことをライフワークとしている。現在は河口湖を拠点に執筆・取材、キャンプ・トレッキング・カヤックの指導、講演を行っているほか、「5LAKES&MT」ブランドを展開しアウトドア関連の商品開発を手掛けるなど、幅広く活動している。
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