ロング・ロング・トレイル』全文公開(29) あとがき
2018年10月に出版した、木村東吉さんの著書『ロング・ロング・トレイル』を無料で全文公開します。
※前回の記事『ロング・ロング・トレイル』全文公開(28) 第六章 ボクが旅に出る理由 (2/2)はこちらから
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あとがき
ボクは大阪生まれの大阪育ち。
物心がついてから上京する二十歳までずっと、生まれた場所から5キロ圏内に暮らしていたと思う。
ボクが母の胎内に居たころに、両親は離婚しているので、幼い姉とボクを抱えたシングルマザーである我が母は、かなり苦労して我々を育ててくれたと思う。
そんな状況下で物見遊山の旅に出る余裕があるはずもなく、彼女は海外はおろか、おそらく近畿地方を出たこともなかったのではないか。いや、ボクが上京した時に、東京まで会いに来てくれている。その後も数回、東京に会いに来てくれた。それに現在、ボクが暮らしている河口湖の自宅にも、亡くなる前に一度来てくれた。母にとって遠くに行く旅は、息子に会いに行くこと以外に、ほとんどなかったのである。
東京に来る時には、派手なワンピースを着て、つばの大きな帽子にやはり大きなサングラス。彼女なりに精一杯のお洒落をして、新幹線を降りて来るなり、「どう? 女優さんみたいやろ」と言って、ボクを笑わせた。
母が亡くなる直前、姉の家族(母も含む)とボクの家族が三重県の伊勢に集合して、3日ほど一緒に過ごしたことがある。我々はその伊勢の旅行の後、そのまま静岡の大井川でキャンプをすることになっていたので、クルマにはキャンプ道具満載である。
その様子を見て、母は呟いた。
「あんたはいつも身軽でええな。どこでもひょいっと旅に出るねんなぁ……」と、羨ましそうに目を細めた。
我が姉も海外旅行の経験がない。
彼女の新婚旅行は、ご主人の出身地である石垣島だ。おそらくその旅が、彼女にとって、もっとも遠くに出掛けた旅である。
その新婚旅行の時の旅の話を、何度も何度も聞かされた。
幼い子どもを連れて、海外のあちらこちらを旅するボクを見て、「あんたはあんた。ウチは今はしっかりと子どもを育てて、いつかは一緒に家族で旅するねん」と口癖のように言っていた。
ところがその「いつか」が来ないうちに、我が姉はこの世を去った。彼女は二人の子どもの母であったが、二人の子どもたちが成人して間もないころに、52歳の若さで亡くなったのである。
人はよく口にする。
「いつか余裕ができたら」
「いつか落ち着いたら」
が、その「いつか」が必ずやってくると、誰が保証してくれるのか?
昔から言われているように「思い立ったが吉日」である。
生きて元気なうちに、行きたいところに行けばいい。住みたいところに住めばいい。見たいモノを見ればいいのだ。
ボクは旅を続ける。
母の分も、姉の分も、彼女たちが想像もつかないような場所に行ってやる。
貯金や豪華な家、あるいはクルマなどの財産は、一夜のうちに失くなることもある。だが旅の思い出は、一生涯、自分のココロから奪い去ることは、誰にもできない。
さあ旅に出よう。
小さな旅でも、大きな旅でも、どんな旅でもいい。
日常から離れて、驚き、戸惑い、笑い、そして理解するのだ。
「ああ、こんな人生もあるのか」と。
木村東吉(きむら・とうきち)
1958年11月16日生まれ。大阪府出身。ファッションモデル、エッセイスト。10代の頃からモデル活動をはじめ、上京後は『ポパイ』『メンズクラブ』の表紙を飾るなど活躍。30代よりアウトドアに活動の場を広げ、世界各地でアドベンチャーレースに参加。その経験を活かし、各関連企業のアドバイザーを務め、関連書籍も多数刊行。オートキャンプブームの火付け役となる。
「走る・歩く・旅する」ことをライフワークとしている。現在は河口湖を拠点に執筆・取材、キャンプ・トレッキング・カヤックの指導、講演を行っているほか、「5LAKES&MT」ブランドを展開しアウトドア関連の商品開発を手掛けるなど、幅広く活動している。
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