『ロング・ロング・トレイル』全文公開(19) 第四章 東吉流・世界の歩き方 (6/6)
2018年10月に出版した、木村東吉さんの著書『ロング・ロング・トレイル』を無料で全文公開します。
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デジタルと距離を置く
ある調べによると、女子高校生の一日のスマホの使用時間は約7時間にもなるらしい。男子の方は約4時間。それぞれ社会人になると、半分くらいの使用時間になるというが、それでも多くの時間、スマホを操作していることになる。もちろん年齢が上になるほど、スマホを操作する時間が短くなるのだが、それでも40代で2時間以上、スマホを操作している人は全体の23%になり、50代になると8%ほどに落ち着く。
実は昔から電話が嫌いだ。
電話というのは、こちらがなんの準備もしていないのに、今現在、目の前にある状況から、一気に違う世界の情報が飛び込んで来る。他愛のない会話を相手が始めると、そんなつまらないことで電話して来るな! と怒りがこみ上げるし、重要な内容を相手が話し始めると、いきなりそんな難しいことを今言われてもなあ……と困惑する。
メールは好きだ。好きな時間に相手にメッセージを送り、相手も好きな時間にそれを確認すればいい。自分もメールを受け取っても、すぐに読む場合もあれば、差出人や件名だけを確認して、あとからじっくり読む時間を設けるなどしている。
そもそも、そんなに急いで要件を伝えたり、受け取ったりしなければ問題が発生するほど、重要な立場に生きているワケではない。だから旅先ではまったく連絡が取れない日を設定しても、なんにも問題はない。以前はポケットWi-Fiさえ持って行かなかったし、今現在は持って行くには持って行くが、電波が通じない場合も多い。ネットも電話もまったく通じないところに行き、友人や家族からの連絡が途絶え、世の動きがまったく見えなくなった時に、はじめは少し戸惑いを覚える。
だが最初の一日を終えるころには、目の前に問題が溢れ、今居る場所の状況に神経を集中させることになる。どういう問題か? 例えば、その日に眠る場所を見つけることであったり、水を確保する方法であったりする。予想以上に冷え込んだ時は、その防寒対策であったり、突然の雨のために、しっかりと防水対策をしなければならないケースもある。
つまり生きるための、衣食住の「食・住」を確保するという根源的な課題に、神経を集中しなければならないのだ。日常で当たり前のようにある水やその日の宿を探すことで、一日が終わってしまう場合もある。日本に居ると「そんなことは稀だ」と思われると思うが、それでも去年、糸魚川から松本を目指して「塩の道 千国街道」を歩いた時には、テントを張れる場所を求め、最終的に山の中の民家の住人の方にお願いして、その民家の裏の空き地でテントを設営させてもらい、水も提供して頂いた。そういう時間を3日や4日も続けていると、自分自身が置かれている状況を誰かに伝えたいと思うのは、ごくごく限られたわずかな数であることに気付く。そして自分自身が欲している情報も、そんなには多くないことに気付く。
アウトドアライフや旅に出ることに共通する意義の一つは、日常生活に於ける「無駄な脂肪」を取り除くことにあると思う。もちろんその日常生活の「無駄な脂肪」には、人間関係―自分が付き合うべき人々も含まれている。それをじっくりと考えなければならない時にまで、情報に埋もれていると、その本質が見えてこないのである。
すべての情報に対して自ら距離を置き、旅先でじっくりと思いを巡らせる時間も、旅の重要なファクターだと思うのだ。
木村東吉(きむら・とうきち)
1958年11月16日生まれ。大阪府出身。ファッションモデル、エッセイスト。10代の頃からモデル活動をはじめ、上京後は『ポパイ』『メンズクラブ』の表紙を飾るなど活躍。30代よりアウトドアに活動の場を広げ、世界各地でアドベンチャーレースに参加。その経験を活かし、各関連企業のアドバイザーを務め、関連書籍も多数刊行。オートキャンプブームの火付け役となる。
「走る・歩く・旅する」ことをライフワークとしている。現在は河口湖を拠点に執筆・取材、キャンプ・トレッキング・カヤックの指導、講演を行っているほか、「5LAKES&MT」ブランドを展開しアウトドア関連の商品開発を手掛けるなど、幅広く活動している。
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