午後十時半、出航の汽笛が鳴りました。私はブーさんに先んじて船内の階段を上がり、甲板への扉を押し開けました。はあ、はあ、と息をつきながら付いてきたブーさんは、船に乗りこむときと同じく、「あたし、そこを通れるかしら」と、不安げな顔をしました。
ブーさんは三十代後半の女性です。たしかに太めですが、いくらなんでも甲板の出入口にお腹がつかえるはずもありません。足を止めてしまったブーさんに、「あはは、大丈夫ですよ」と私は笑いかけました。ただ、私の内なる声は、気をつけろと叫んでいました。危うくこう言ってしまいそうだったのです。
「ハンプティ・ダンプティだって通れますよ」
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