渡辺治/菅政権を終わらせ、新段階に入った改憲策動に終止符を(9月号)
【概要紹介】
『経済』2021年9月号掲載の渡辺治氏の論文、「菅政権を終わらせ、新段階に入った改憲策動に終止符を」を、筆者のご了解をいただいたうえで、全文公開します。
本稿は、安倍・菅政権の9年間の、「それまでの自公政権にない二つの特徴」を分析。そのうえで、菅政権で改憲策動は「新しい段階」となった特徴を、①バイデン米政権に呼応した「対中軍事同盟網」の拡大など、重大な実質的改憲の動き、②明文改憲をねらった、緊急事態条項改憲、改憲手続法改正強行の動きにみます。
さらに、米中の軍事覇権主義競争もとらえて、日本とアジアの平和実現へむけた、日本のとるべきイニシアティブの形を提起しています。
(全文・1万6千800字)
はじめに─都議選から総選挙へ
衆議院選挙の行方を占うと言われた、東京都議会議員選挙が7月4日、投開票された。選挙では菅政権のコロナ対策、オリンピックの強行の是非が争点となり、菅自民党への不満が噴出し、自民党は「自公合わせて過半数」という目標を達成できずに敗北した。「労組・市民と野党の共闘」(以下、市民と野党の共闘と略称)の実績を踏まえて、衆院選とは異なる選挙制度のもとでも一人区、二人区、三人区の一部で立憲民主党と共産党の候補者調整と共闘が成立し相互支援も行われ、立憲、共産党の善戦という結果が出た。市民と野党の共闘が、都民ファースト支持にとどまっている人々を含め都議選で表面化した菅政治への批判と怒りの受け皿になることができれば、自公政権を倒す展望も見えてきた。
いま、菅政権が強行する三つの悪政が、国民の「いのちとくらし」「平和」を蹂躙している。
第一の悪政は、新自由主義政治が雇用と医療・社会保障を破壊し続けていることであり、その結果がコロナ対策の破綻、貧困と失業の爆発となって現れている。第二の悪政が、アメリカに加担する「戦争する国」づくり、改憲である。そして、第三の悪政は、「官邸主導」という名の下での官邸への権限集中、強権政治・民主主義破壊であり、この害悪は、学術会議会員任命拒否に始まり、安倍政権以来止まることのない不祥事として噴出している。
これらいずれの悪政も、実は、安倍・菅が始めたものではなく、数十年に及ぶ自民党政権が追求してきた政治であり、安倍・菅政権はそれを徹底、加速したものであるから、これら三つの悪政は、単に首相の首のすげ替えではストップをかけることはできない。本稿ではこのうち第二の悪政に焦点を絞って、その害悪を止め、その悪政を転換するには、自公政権に代わる新しい政権の手による以外にないことを明らかにしたい。
一 ■ 安倍政権時代、二つの特徴
安倍政権、菅政権は、切り離すことのできない一つながりの政権と見ることができるが、9年近く続いた時代は、それまでの自公政権時代にはない、二つの特徴を持っていた。
(1)歴代政権とは規模を異にする9条破壊と改憲策動の時代
第一の特徴は、この時代に、憲法9条破壊と改憲策動が歴代自民党政権には見られない規模で進められたことである。安倍政権は発足翌年の13年、特定秘密保護法を強行採決し、アメリカの体制に倣って国家安全保障会議・国家安全保障局を創設、国家安全保障戦略を発表、14年には40年以上続き日本の重化学産業の軍需産業化に歯止めをかけてきた武器輸出三原則を廃止した。
しかしなんといっても、憲法破壊の「画期」となったのは、14年夏それまで自民党政権によっても維持されてきた政府解釈を変更して、「集団的自衛権行使」容認に踏み切り、それを法制化するために、15年「戦争法」=安保法制を強行採決したことであった。安保法制は既存の制度を全面的に変更したが、行論との関係では、三つの点に注目しておかねばならない【注1…文末に記載】。
一つは、アメリカに対する攻撃であってもそれにより「我が国の存立が脅かされ国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から脅かされる」と政府が判断した場合(=「存立危機事態」)には、日本が攻撃されていなくとも、「武力行使」ができる【注2】──つまり限定的集団的自衛権行使を容認したことである。
二つ目は、これまた、「我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」であれば、世界どこの戦場でも米軍に対する「後方支援」が可能となったことである。それまでも、周辺事態法により、米軍の戦闘作戦行動が「我が国の平和と安全に重要な影響を与える」場合には、自衛隊の後方支援が認められていたが、それが可能な事態はあくまで「我が国周辺の地域」という限定付きであった。安保法制は、同法を改正(重要影響事態法)して、「我が国周辺」という限定を取り払ってしまったのである。
三つ目は、「我が国の防衛に資する活動に従事している」米軍等の艦船、航空機を自衛隊が援護し、米軍等にかけられた攻撃に応戦できるとしたことである。これは自衛隊法95条の2を創設し、米軍等の艦船や航空機を、なんと米軍等の「武器」に当たると強弁することで可能となった。
さらに、15年には、これら、日米共同軍事行動を実質化するため日米ガイドラインも改定された。
この安保法制で憲法9条破壊は極限にまで達したが、それだけに9条との矛盾が激化し、9条をそのままに、安保法制の完全実施は困難と自覚された。そこで、安倍政権は、安保法制成立後に改めて明文改憲に乗り出したのである。それが、17年5月3日の安倍改憲提言であり、18年3月の党大会で自民党は改憲案を「改憲4項目」のたたき台にまとめた。
(2)改憲を阻止する「市民と野党の共闘」が明文改憲を阻んだ時代
しかし、安倍政権時代の特徴を未曾有の憲法破壊と改憲策動の時代とだけ見るのは、正確ではない。安倍政権の時代、特にその後半は、第一の特徴と一見矛盾するが、政府の強行する安保法制に反対する闘いの中で、市民と野党の共闘が結成され、その力で改憲を阻止し続け、さらに憲法を堅持する政権を展望するまでに至った時代でもある。
14年末、安倍政権による政府解釈の改変と安保法制制定の危機に際して、野党の共闘を求める「総がかり行動実行委員会」が作られ、そのイニシアティブで安保闘争以来55年ぶりに野党共闘が実現。共闘は、安保法制の強行採決後も廃止を求める共闘として存続、「市民連合」が作られ、その呼びかけにより16年参院選では戦後初の野党選挙共闘を誕生させた。さらに17年、安倍改憲提言が出されると、それに反対して総がかりを軸に「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」が結成、3000万署名が提起された。
この市民運動の力は、野党を励まし、憲法審査会における改憲案審議を阻み、改憲案審議促進のための呼び水として18年6月に自民、公明、維新などにより提出された改憲手続法改正をも8国会にわたり阻み続けた。19年参院選では、野党統一候補を立てて奮戦した結果、参院では改憲勢力3分の2を壊し、安倍が表明していた「2020年を新しい憲法の制定の年に」という公約を打ち砕き、安倍政権を退陣に追い込んだのである。
二 ■ 菅政権と日米軍事同盟の新たな段階への突入
こうした安倍政権から菅政権にかけての改憲と9条破壊をめぐる彼我の攻防のさなかに、実は、日米軍事同盟と改憲をめぐる状況に大きな変化が訪れ、改憲問題を新たな段階に引き上げることになった。それは、アメリカの世界戦略の転換であった。
(1)アメリカの世界戦略の転換と対中軍事・覇権主義対決へ
1991年、ソ連東欧の崩壊、中国市場経済化による冷戦の終焉は、「自由な」市場の大拡大と、アメリカの一極覇権の確立をもたらした。冷戦期アメリカの宿願が実現したのである。
冷戦後のアメリカの世界戦略は、この世界大に拡大した自由な市場を撹乱する「ならず者国家」や、資本の進出による地域経済の破壊に反発する「テロ」に対する「自由な市場秩序の維持・拡大」におかれた。この戦略のもと、アメリカはイラク、アフガンなど「ならず者国家」退治、対テロ戦争を続けた。ところが、アメリカが戦争に明け暮れている間、中国が「改革・開放」の旗印のもと急速な経済成長を実現し、軍事力の拡大にも力を入れ大国として台頭した。とりわけ習近平政権は、拡大した経済力と軍事力を背景に覇権主義化を強めることとなったのである。
アメリカは自己の覇権とその土台となる軍事的優位が脅かされることに危機感を強め、対テロ戦争からアメリカ覇権主義の維持、中国に対する軍事的優位の維持に戦略を転換することとなった。アメリカの覇権主義と中国の覇権主義の対立は、共通の市場を舞台にして行われており、排他的植民地・勢力圏の再分割をめぐる列強帝国主義時代のように戦争を不可避とする対決ではなかった。また、冷戦期の米ソに比べても米中の経済的連携は緊密であるなど、米中の対立には、過去にはない新たな特徴をもっていたが、アメリカの覇権主義と中国の覇権主義の対決の時代が始まったのである。
アメリカの世界戦略の転換はオバマ政権期から始まった。クリントン国務長官は「ピボット戦略」を打ち出し【注3】、アジア太平洋地域への展開を謳い、それを受けてオバマ政権は12年の国防戦略で「アジア・リバランス」を打ち出した。しかしオバマ政権期は、戦略転換の過渡期であった。
アメリカの世界戦略が本格的に転換したのは、トランプ政権期であった。詳しい分析は他に譲り【注4】、ここでは、行論に必要な限り大まかな輪郭を描くにとどめよう。トランプ政権は発足した17年に「国家安全保障戦略」、18年1月に「国防戦略」を打ち出し、同年2月にはそれをインド太平洋地域に具体化した「インド太平洋における戦略枠組みに関する覚書」を策定して新戦略の大枠を確定した。その新戦略を思い切って大胆にまとめると以下の4点になる。
第一はアメリカの世界戦略の「敵」を「ならず者国家」から、ロシア・中国、とりわけ中国に転換したことである。第二に、それに従って、冷戦後のアメリカの対中国関与政策─対中貿易投資をすすめ経済発展を促すことにより中国を国際社会に取りこむという政策は誤りだったことを明言したことである。第三は、米国の覇権の土台となる米国の対中国軍事的優位性の縮小を認め、その優位性維持を改めて目標に掲げたことである。第四は、それに従って、米軍の戦略重点と配置を「インド太平洋地域」にシフトするとしたことである。ただし、トランプ政権下では、トランプ大統領の個性によって、対中覇権対決戦略は、同盟国不信からアメリカ一国主義の色彩を強く帯びていた。
バイデン政権は、トランプ政権の対中軍事・覇権対決路線を一層明確化するとともに、それを、トランプ政権下で脆弱化した、同盟網の再建・強化により実現する路線を打ち出したのである。21年3月3日に発表された「国家安全保障戦略の暫定指針」がそれであった。
(2)日米軍事同盟の強化・新段階へ
第二次安倍政権がアメリカの戦争に武力行使を含めて加担する「戦争する国」づくりに邁進しているとき、こうしたアメリカの世界戦略の転換により、加担すべき「戦争」と、強化すべき日米軍事同盟の対象に重大な変化が生じたのである。
▼安倍政権下での軍事同盟の変質
安保法制で容認された集団的自衛権行使の際、主として念頭に置かれ、また安倍政権も強調したのは、朝鮮半島とイランなどの中東であった。すでに中国も念頭には置かれていたが、安保法制制定をめぐる議論では政府は周到にそれを背後に隠していた。ところが、トランプ政権になって以降、アメリカの主敵は急速に中国にシフトしたため、それに伴い、日米軍事同盟の中身、さらに日本の役割も大きく変容した。沖縄をはじめ日本の米軍基地も中国対決路線の下で改めてその軍事的役割が見直され、より大きな負担が求められるようになった。
こうした変化を象徴したのは、トランプ政権が日本に対して軍事分担と責任の増大を求めるに至ったことである。トランプ政権高官が相次いで、それまで日米の軍事分担を表現する慣用句として使用されてきた「盾」と「矛」という分担──即ち日本防衛において日本は「専守防衛」の立場から敵の攻撃を防衛する「盾」の役割を担い、敵を攻撃する「矛」は米軍が分担するという論──に異論を唱え、その見直しを求めたのである。例えば、アメリカの駐日代理大使を務めるジョセフ・ヤングは、安保60年を機に日米安保をどう見るかというインタビューの中で、アメリカと日本の役割分担の見直しに言及。ヤングは、盾と矛の関係論を、「旧いモデル」として否定し去ったのである。
この日米分担見直しが具体化したのが、安倍政権末期に突如提起された「敵基地攻撃力保有」論であったが、この点は後で検討しよう。
こうしたトランプ政権の変化に対し、安倍首相は、積極的に応じようとした。しかし、その安倍は、コロナ対策の失敗で消耗し、念願の改憲公約の実行もダメになり退陣を余儀なくされ、トランプも大統領選で敗北して去った。日米同盟が再び変化するかに見えた。
▼バイデン・菅政権の成立と日米軍事同盟の新段階
ところが、バイデン、菅政権のもとで、日米軍事同盟の強化は加速化したのである。対中覇権主義対決戦略は、トランプ、バイデン個人を超えて、アメリカ支配層の意思だったからである。
バイデン政権は発足早々から、対中国の覇権主義競争路線を打ち出し、精力的に同盟の再構築に動き出した。バイデンが対中包囲網づくりで最も重視したのが日本であった。日本は、対中国の軍事的包囲網の文字通りカナメ、最前線に位置するだけでなく、対中の覇権主義競争においても、その経済力から言っても最も重要な対象国だったからである。
同時に、日本にとって、中国は最大の貿易相手国であるのみならず、日本資本の重要な投資先でもあったから、バイデン政権の求める対中包囲網に全面的に加担するのか、不安もあった。安倍政権に代わって誕生した菅政権の中枢に「親中派」と目される二階俊博がいることもあって、菅政権の対中政策が安倍政権のそれを踏襲するかにも不安要素があり、バイデン政権は日本の首に鈴をつけることを優先したのである。バイデン大統領が対面で会談する最初の外国首脳に菅首相を選んだのは、こうした思惑があってのことであった。
バイデン政権は、3月16日、国務長官と国防長官を日本に派遣し、「日米安全保障協議委員会(2+2)」を行い、「共同発表」を行うとともに、4月16日、菅との日米首脳会談に臨んだのである。
こうした戦略的思惑を持ったバイデン政権に対して、菅政権は、この問題を主として、内政上から、つまりコロナ対策で減退している支持率の浮揚策として歓迎した。バイデン大統領が初めて会う首脳に菅を選んだ、と。
▼画期としての日米共同声明
4月16日になされた日米共同声明は、こうしたアメリカの世界戦略の転換を踏まえて、日米軍事同盟を新たな段階に引き上げる「画期」となった。
日米共同声明の新たな特徴を大胆に要約すると、以下の5点である。
第一。声明は、日米同盟が「自由で開かれたインド太平洋」を対象にすると明記し、日米軍事同盟の対象地域を大幅に拡大した。60年改定の安保条約6条は、「極東における国際の平和及び安全の維持」という形で対象地域を「極東」に設定した。もちろん、そのもとでも、「極東における国際の平和及び安全」のためには極東以外にも出動できるとして、米軍は、ベトナムはじめ極東を超えて軍事行動に赴いたが、「極東」が対象地域であることには変わりがなかった。冷戦後、アメリカの強い圧力で対象地域の拡大が図られ、96年の日米安保共同宣言により、対象地域は「アジア太平洋地域」に広がったが、今回、それがさらに「インド太平洋地域」にまで拡大したのである。
第二。共同声明は、多くのスペースを割いて、しかも極めて具体的に、中国を名指しして、その「脅威」を明記した。南シナ海、尖閣、台湾、香港、新疆ウイグル自治区での人権侵害をあげて、中国による「ルールに基づく国際秩序と合致しない行動について懸念」を表明したのである。日米共同声明で、これだけ具体的に特定国を名指しして脅威を指摘したことはなかった。日米首脳会談に先立って行われた2+2でも、中国が名指しで脅威と指摘されていたが、日米共同声明ではこうした名指しは避けるのではという予想もある中、中国の脅威を明記したことは、日米軍事同盟の変貌をはっきり表明するものであった。
第三。メディアでも最も注目されたことであるが、第二の延長戦上で、「日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する」という文言が入ったことである。この点の意義はすぐ後に触れる。
第四。こうして、日米軍事同盟が中国を念頭に置くことを明記した上で、声明は、日本の軍事力の増強と、日米の役割分担の見直しを表明した。日本は「自らの防衛力を強化」すると約束し、また「サイバー及び宇宙を含むすべての領域を横断する防衛協力」の強化も約束した。「日米同盟の役割・任務・能力」の見直しは声明には明記されなかったが、2+2の共同発表には明記された。
第五。その延長線上で、声明は、辺野古新基地、馬毛島訓練基地の整備をも約束した。辺野古新基地建設の意義を、対中軍事対決の新路線のもとで改めて位置付け直したのである。
では一体、日米軍事同盟はどう変わったのであろうか? 一言で言えば、日米軍事同盟は、インド太平洋地域という広大な地域を対象に対中国を念頭においた米国中心の軍事同盟網の中核として、文字通りの軍事同盟─攻守同盟条約に近いものにするという合意がなされたと言える。
▼「台湾条項」の内容の変化
それは、共同声明の台湾条項に最も鋭く現れている。マスメディアは、共同声明の中でも、この「台湾海峡の平和と安全」の明記を大々的に報道した。台湾条項は、1969年の佐藤・ニクソン共同声明以来52年ぶりのことだと。しかし、今回の声明における台湾条項は、単に52年ぶりの復活にとどまらない、重大な意味を持っていることに注目しなければならない。69年声明とはその意味するところが劇的に変化していることが見逃されてはならない。
69年日米共同声明は、沖縄返還を謳った声明であった。当時ベトナム侵略戦争を遂行していたアメリカが執着したのは、沖縄返還によって米軍の侵略戦争遂行が阻害されてはならない、という点であり、また、アメリカの好き放題に出撃基地として使われていた沖縄の機能が返還により、いささかも阻害されてはならないということであった。沖縄はベトナム侵略のみならず、朝鮮半島有事でも台湾有事でも出撃基地に予定されていたからである。
ところで、米軍占領下の沖縄と違い、日本本土では安保条約において、米軍が本土の米軍基地から直接戦闘作戦行動に出撃する場合は「事前協議」の対象となることが合意されていた。沖縄が返還により安保条約の適用対象になれば、米軍基地使用が制約されかねない。アメリカの要求により挿入された「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとって……重要」という文言は、台湾有事の際には、沖縄を含む日本からの米軍出撃に「事前協議」でNOと言わないことを約束したものであった。
ところが、今回の声明での台湾条項は、日本が米軍出撃にNOと言わないのみならず、台湾に対する米軍の作戦行動を自衛隊が支援するという約束をも意味したのである。同じような台湾条項がなぜ、日本の戦争加担の約束を含むものとなったのか。その背後に、安倍政権が強行採決した安保法制があった。先に見たように、安保法制は、「存立危機事態」における自衛隊の武力行使、そこまで行かない「重要影響事態」における後方支援を可能としていた。声明が、日本にとって「台湾海峡の平和と安定の重要性」を認めたことは、日本が台湾有事において安保法制の発動を容認することを意味したのである。安保法制が日米軍事同盟の新段階をもたらす梃子となったのである。
この日米共同声明を実行するためには、菅政権は、憲法9条破壊をさらに進めなければならなくなったのである。
三 ■ 菅政権における改憲の新段階─二つの改憲
菅が安倍政権を引き継いだ時、安倍政権を継承するという菅の言明にもかかわらず、右派の中には、菅を不安視する声があった。安倍と違って改憲に執念がない菅は選挙や政権に厳しい状況がくれば容易に改憲を諦めるかもしれない、という危惧である。しかし、そうした右派の懸念を裏切って菅政権は、安倍政権の単なる「継承」に止まらず、改憲策動を新たな段階に引き上げようとしている。菅政権は二つの改憲策動を押し進めている。
(1)菅政権は実質的改憲、9条破壊を押し進めている
その第一は、憲法典をそのままにして、実質的な憲法9条破壊を推し進めていることだ。実質的憲法破壊策動は様々な部面で推進されている。
▼安倍政権の「置き土産」─「敵基地攻撃力」保有論の実行
その一つが、安倍政権末期に安倍が提唱した「敵基地攻撃力」保有論の実行である。
もともと、敵基地攻撃力保有論は、今から65年前の1956年、北朝鮮の誘導弾攻撃に絡んで、誘導弾が発射される前に敵基地を叩くのは、9条違反になるかという議論から始まった【注5】。時の政府は、誘導弾攻撃が確実であり、かつそれを防ぐのに「他に手段がない」と認められるときには「座して自滅を待つ」ことは憲法の趣旨ではなく、敵基地を叩いても9条に違反しないと答えた。しかし、同時に政府は、安保条約による米軍の来援は「他に手段」の一つであること、また、敵基地を攻撃するために、攻撃的兵器を装備することは9条に違反するとしたため、長らく、「敵基地攻撃力」論は単なる法理上の問題とされてきた。2000年代に入り北朝鮮の弾道ミサイル実験が繰り返される中で、敵基地攻撃力論が再燃したが、その際も政府は攻撃的兵器保有を認めなかった。
ところが、安倍政権は、20年になって、突如敵基地攻撃力論を持ち出したのである。口実となったのは、北朝鮮の弾道ミサイルを地上から迎撃するためのイージスアショア配備を断念するという決定であった。安倍は配備断念の決定とともに、そもそも、イージスアショアは飛来するミサイルを全て撃ち落とすことは難しくそれに対処するために敵基地攻撃力保有の検討を開始すべきだと発言したのである。それを受けてすぐさま自民党内で検討チームが作られ、8月4日には、自民党政調会名で「国民を守るための抑止力向上に関する提言」が発表された。
その直後、安倍首相は退陣を余儀なくされたが、安倍はその実現をあきらめられず、9月11日、あえて「談話」を発表し、次期首相への「遺言」として、敵基地攻撃力保有の検討を申し送ったのである。
ところが、安倍政権を引き継いだ菅首相は、この安倍の遺言を否定してみせた。「談話」は閣議決定ではないので自分は縛られないと言明したのである。すわ、菅の反乱かと騒がれたが、実際はそうではなかった。菅は、安倍のように大々的に騒いで、反対の声を掻き立てたくなかったのである。20年12月8日、菅政権は、閣議決定で、「スタンドオフ防衛能力の強化について」という形で事実上、敵基地攻撃能力保有を決定し、それは、12式地対艦誘導弾の改造・強化などという形で、21年度予算案にちゃっかり盛り込まれたのである。
▼「敵基地攻撃力」保有の狙い
ではいったい、「敵基地攻撃力保有論」の狙いはなんなのか、なぜ急にこれが浮上したのであろうか。それを知るには、先の自民党提言がヒントを与えてくれている。安倍も政府関係者も、敵基地攻撃力保有をいうときには決まって、北朝鮮ミサイルの脅威を口実にした。ところが、提言の冒頭、「現状認識と課題」という情勢分析の最初に出てきたのは「中国等の更なる国力の伸長」であった。第二に、提言では、敵基地攻撃力保有は、「日米同盟全体の抑止力向上」の一環として位置づけられ、しかも「日米の基本的役割分担は維持しつつも、我が国がより主体的な取り組みを行う」ために行われると明言された。つまり敵基地攻撃力保有は日米の役割分担の変更、日本がより積極的に攻撃参加する、その一環として行われるものであると謳っていた。これらを見れば明らかなように、敵基地攻撃力保有は、日本が対中国軍事対決路線の一翼を担い中国の中距離弾道ミサイル網に対峙する戦線を分担することを狙ったものである。
▼日米共同作戦、対中前線基地化
アメリカの新戦略に呼応するための憲法の実質破壊は、すでに安倍政権下で進んでいた。安保法制制定以後、対中国の防衛線である「第一列島線」上の南西諸島である与那国島に16年、奄美、宮古には19年に自衛隊のミサイル部隊が配備された。同年には石垣島でも自衛隊駐屯地建設が始まった。
また、すでに述べたように、安保法制で、「武器等防護」の規定が新設され、米艦等を防護することが可能となっていたが、トランプ政権誕生の17年にはわずか2件しかなかった米艦等防護が、アメリカの対中軍事対決戦略の確定とともに18年には16件と急増、19年は14件、なんと20年には25件にまで増えたのである。
こうした日米共同作戦の具体化、実行体制づくりは、日米共同声明以後、さらに加速することは明らかである。また、菅政権が今まで以上に強引に県民の意思を踏みにじって強行しようとしている辺野古新基地建設、馬毛島基地建設、さらに辺野古の自衛隊との共同使用も、日米軍事同盟強化の一環である。
▼バイデン政権の同盟再構築に呼応した、対中軍事同盟網の拡大
安倍政権期から始まり、バイデン・菅政権になって急速に進んでいるのが、対中国の多角的軍事的包囲網づくりであり、それに菅政権が深くコミットしていることである。安倍政権時代はトランプ政権であり、アメリカは必ずしも、同盟国を重視していなかったが、すでにその頃から、安倍政権は、アメリカだけでなく、オーストラリアやインドなどとの軍事協力・同盟関係構築を模索していた。バイデン政権が同盟再構築路線を打ち出して積極的に工作を開始するのと並行して、日本もそうしたアメリカ中心の軍事同盟網拡大の一翼を担って動き出したのである。
菅政権発足後の21年2月3日、日英2+2が開かれ、共同演習、防衛装備の共同研究など防衛協力が具体化された。続いて、6月9日、日豪2+2が行われ、そこでは中国が名指しで批判され、「台湾海峡の平和と安定」が確認されるとともに、自衛隊法95条の2に基づいて、自衛隊が豪艦防護に当たることが決定したのである。
▼重要土地調査規制法の制定強行
さらに、今通常国会に突如登場して強行採決された、重要土地調査規制法も、新たな憲法破壊攻撃の一環である。これは、中国などの外国資本が基地周辺の土地を買い漁っているという、なんら根拠のない理由を口実に、米軍、自衛隊基地や原発などの「重要施設」周辺(「注視区域」)の土地利用者の情報を自治体から、あるいは利用者自身から取得できると定め、またそれら近隣住民が重要施設の「機能を阻害する行為の用に供しよう」とする場合にその活動を制限できるとしている。これは、明らかに、沖縄をはじめとした基地反対運動、反原発の住民運動などの規制をもくろむものであるが、こうした法律が、今年になって強行された狙いは、アメリカの新戦略に呼応した軍事強化に対する反対運動の抑止にあることを見逃してはならない。
(2)菅政権における明文改憲の新段階─菅改憲の新方式
こうした実質的9条破壊が進行すれば、9条との矛盾が否応なく明らかにならざるを得ない。すでに安保法制違憲訴訟が、全国25の地域で起こされているが、9条に基づく違憲の声が、これら軍事同盟強化の前に立ちはだかることは必至だ。こうして菅政権は、市民の運動により安倍が挫折を余儀なくされた第二の改憲、明文改憲に進まざるを得なくなったのである。
▼明文改憲への積極表明の背景
その現れが、21年5月3日、菅が突然、改憲派集会へビデオメッセージを送り、改憲論議と改憲手続法改正を訴えたことであった。先に述べたように、菅首相は、改憲派や党内右派から改憲に消極的ではないかと懸念されてきた。菅には「安倍氏にあった熱量が足りない【注6】」と。その菅が、5月3日の発言で改憲論議に踏み込んだ背景には、日米軍事同盟の強化と憲法の矛盾が抜き差しならないところに差し掛かっているという事情があったのである。
現に、菅がメッセージを寄せた、改憲派の集会「憲法フォーラム」主催者を代表しての講演で、櫻井よしこは、中国との対決という「今の国際情勢を見ると」改憲に「ぐずぐずしている暇は一瞬たりともない」と菅を恫喝した。講演で櫻井は、日米共同声明を高く評した上で、その約束は「言葉だけでは済まないのです。……もし首相の言葉が、言葉だけに終わったら、これは日本国とはなんなのだと米国から思われます。日米同盟の破綻につながる……問われているのは日本国の首相が海外で約束したことを実行に移すかということです【注7】」と。
しかし、菅の改憲メッセージには、日米同盟などという言葉は一言も出てこなかった。菅がメッセージで強調したことは二つ。一つは、新型コロナにかこつけて、自民党改憲4項目のうち、特に緊急事態条項と自衛隊明記論を強調したことであり、二つ目は、その出発点として改憲手続法改正案の成立を促したことであった。この点に、菅が明文改憲をどう実現するかの方針が打ち出されたと言えよう。
▼コロナに便乗した緊急事態規定改憲・二つの狙い
菅メッセージの第一の特徴は、今の新型コロナに引っ掛けて、緊急事態改憲の必要性を訴えたことであった。
菅は「大地震等の緊急時に国民の命と安全を守るため、国家や国民がどのような役割を果たし国難をどう乗り越えていくべきか、そのことを憲法にどう位置づけるかは極めて重く、大切な課題です」と述べ、現行憲法改正を訴えた。菅だけではない。自民党政調会長の下村博文はさらに踏み込んで「現行憲法には緊急事態条項が入っておらず時代の変化に対応できていない」「今は国難だが、ピンチをチャンスに変えるように政治が動かねばならない」と緊急事態条項を押し出した。
緊急事態条項論を前面に押し出した理由は、二つある。一つは言うまでもなく、国民に強い関心と懸念のあるコロナ禍に便乗して、自らのコロナ失政を棚に上げ、改憲論の突破口にしようと言う狙いである。そもそも、改憲派は、国民の中に、憲法とりわけ9条についての強い支持の意識がある中で、改憲機運の盛り上げに苦慮してきた。本命の9条改悪を掲げられないためである。そのため、安倍政権は、緊急事態条項とか、96条改憲とか様々なアドバルーンを上げては失敗した挙句、コロナ蔓延以降、緊急事態条項を突破口に位置付けたのである。
しかし緊急事態条項論は、単に改憲論議の口実に止まらない狙いがあることを見逃してはならない。緊急事態条項の核心は、緊急事態に際して、政府が、国会を通さずに命令で国民の自由を制限、禁止できる規定である。現に、戦前天皇制下の日本では明治憲法中にたくさんの緊急事態条項があり、政府は、議会の反対の強い、市民の自由を制限する法律を議会を通さずに手に入れたり、独裁政治を敷くために、緊急事態条項を濫発した。こうした戦前の苦い経験を踏まえて、日本国憲法には、緊急事態における政府の権限を強める緊急事態規定を設けなかったのである。
そんな緊急事態規定改憲論が現在浮上しているのは、日米軍事同盟の強化と戦争加担の体制を作るためには、とりわけ、米中対決に日本が加担するような事態においては、こうした政府の独裁権限は不可欠だからである。その意味では、緊急事態規定は9条改悪とセットなのである。
▼改憲手続法改正強行の狙い
菅メッセージのもう一つの力点が、改憲手続法改正であった。菅はこう述べていた「憲法改正に関する議論を進める最初の第一歩として、まずは国民投票法改正案の成立を目指していかねばなりません【注8】」。そして、菅メッセージに呼応するように、その直後、自民党が改憲手続法改正についての立憲民主党の修正案を丸呑みし、改正案は、5月6日に衆院憲法審査会で採決され、11日には衆院通過、6月11日には参院でも可決成立したことは周知の通りである。
もともと、改憲手続法の改正は、先に見たように、憲法審査会での改憲審議の停滞打破の突破口とするために自民、公明、維新の会で共同提案されたものであったが、安倍政権による憲法蹂躙が続く中、市民の運動と野党の頑張りで改正案は、8国会継続審議となり、改憲案審議の呼び水どころか、逆に足枷となっていた。もし今国会でも改正案が成立しなければ、秋の衆議院選挙で、改正法案は廃案になる運命にあったのである。
自民党が立憲の修正案を丸呑みして、改正案採決を強行したのは、こうした国会での停滞を打破して、改憲案審議を加速するための苦肉の策〔傍点〕であった。
自民党は、改憲案審議に入るたたき台として、すでに2018年3月の党大会で、「改憲4項目」を決定したが、それを自民党があえて憲法改正草案と名乗らず「たたき台」にしたのは、自民単独で草案を出すのを避け、この「4項目」を、公明、維新、さらには国民民主党なども巻き込んで叩いて修正し、共同で改憲原案を作成して、改憲発議に持ち込もうという狙いに基づくものであった。改憲手続法改正強行は、菅政権が、何が何でも次期国会で「改憲4項目」審議に入ることを狙ってのことであった。
四 ■ 日米軍事同盟と改憲で日本とアジアの平和は実現できるのか?
(1)東北アジアと日本の平和は、日米軍事同盟の強化、改憲では実現できない
では、自公政権が進めている日米軍事同盟強化、改憲によって、日本と東北アジアの平和は実現できるのであろうか?
頻発する中国の領海侵犯や覇権主義的行動を目の当たりにし、日本国民の中には、「やはりアメリカにいてもらわないと怖い」という意識が増加しているように見える。4月16日の日米首脳会談に対し、「日本経済新聞」の世論調査【注9】では、日米首脳会談を評価するという声が50%で、評価しないの32%を上回った。また、日米共同声明の台湾条項を念頭に、日本が台湾海峡の安定に関与することに賛成が74%で、反対の13%を圧倒した。また、「読売新聞」の調査では、日米連携で中国に対抗することを評価する声は70%で、しないの19%を大きく上回った。「台湾をめぐってアメリカと中国が対立する中で」日本が集団的自衛権を行使することに対しても、評価するが47%と、評価しないの41%をやや上回った【注10】。
これら世論は、国民が武力でことを解決する志向を強めたことを意味するのでないことは、同じ頃行われた「朝日新聞」の世論調査【注11】で、憲法9条を変えるほうがよいの30%に対し変えない方がよいが61%と依然多数を占めていることからも明らかである。
しかし、日米軍事同盟強化、改憲では決して日本や東北アジアの平和は確保できないばかりか、米中の軍事対決の亢進と戦争の危険を増すばかりである。
日米軍事同盟を強化したまま、万一、台湾を巡り軍事衝突が起き、米軍が介入することになれば、沖縄をはじめとする米軍基地は米軍の出撃拠点となり、中国軍の攻撃対象となって、日本は直ちに戦争に巻き込まれる。台湾地域での米中軍事紛争が起これば、日本への攻撃がない段階でも、日本は安保法制により「重要影響事態」という判断のもと米軍の攻撃に加担することを強いられる。政府が「存立危機事態」と判断すれば自衛隊の武力による加担が強いられ、戦争に参加することになる。
“いや、そうした中国の侵攻や武力衝突を防ぐためにこそ、日米軍事同盟を強化し、中国包囲網を作って抑止力を強化しなければならないのだ”という反論が返ってくるであろう。しかし、今すでに進行しているように、日米軍事同盟強化と対中軍事力強化は、中国の対抗措置と、中国の軍事力強化を招いている。止めどない軍拡競争と軍事衝突の危険性の増大を招く以外にない。
確かに、先に述べたように、今の米中対決、日中緊張は、冷戦期の米ソ対決とは全く異なる。冷戦期の米ソ間と違って、現在では、米中、日中の経済関係は相互の資本投下も含めてお互いになくてはならない経済的関係がある。また、米中、日中の市民間の交流や連携した運動も制約はありながら、冷戦期とは比べものにならないほど深まっている。米中の覇権主義競争を軍事衝突にエスカレートさせない条件が形成されている。しかし問題は、経済的連携や市民の交流は自動的に戦争の回避を保障するものではないことだ。そのためには東北アジアの平和構築の枠組みをつくる当事国市民と政府の自覚的取組みが不可欠である。むしろ冷戦期との比較で言えば、冷戦期には、核戦争を含めた、米ソの衝突を避けるために、両国の間には複数の条約が存在したが、現在米中の間には有効な核軍縮、通常兵器軍縮条約が締結されていない。
(2)東北アジアの紛争の武力によらない解決の枠組み作りのイニシアティブ
米中の覇権主義・軍事対決の亢進に対し日本がやるべきことは、その一方に軍事的に加担することではなく、その対決を武力紛争にさせない枠組みを作ることに他ならない。度重なる侵略戦争に対する反省から戦争放棄と武力不保持の憲法を有している日本は、米中の軍事対決のエスカレートの中で、そうしたルール作りのイニシアティブをとる資格と責任を有した国である。
日本はまず憲法を改正せず堅持することを宣言し、台湾も含めた東北アジアの国家・地域間の紛争の武力によらない解決のルールづくりを提唱すべきである。日本一国では力が不足である。韓国、さらには内部に様々な対立があるがASEANにも呼びかけ、さらにG7加入のヨーロッパ諸国の一部にも声をかけるべきであろう。それと同時に、それら諸国と連携して核兵器、通常軍備軍縮の条約作りにも踏み出さねばならない。こうしたイニシアティブは急ぐ必要がある。同時に日本は、アメリカの戦争体制への全面的加担を決めた安保法制を廃止し、核兵器禁止条約を批准することで、武力によらない国際秩序作りの先頭に立たねばならない。
しかし、自公政権はそれとは全く逆の道を邁進している。自公政権が続く限り軍事同盟と改憲の道を転換することは不可能である。特に、憲法9条を実質的に破壊する策動に歯止めをかけ転換するには自公政権を倒し、憲法堅持の政権を作るしかない。
では自公政権に代わる政権を作ることは可能なのであろうか。ここで改めて、安倍政権時代の二つの特徴──とりわけ第二の特徴を想起したい。振り返ってみれば、安倍政権7年8ヵ月は、安倍首相のイニシアティブにより憲法破壊と明文改憲が強引に押し進められた時代であったと同時に、安倍改憲に反対して市民と立憲野党が共闘を組み、改憲を阻止し続けた時代でもあった。しかも市民と野党の共闘の原点は、安保法制の廃止、安倍改憲阻止であった。自公政権に代わる政権は、この共闘の力による以外にない。
むすびにかえて─日本の進路をめぐる決着
安倍・菅と続く9年近くに及ぶ時代を経て、これからの日本の進路をめぐる対決が、現実の対決として、かつてなく鮮明となっている。安倍と続く菅政治によって、日米軍事同盟を強化し改憲へと突き進む道が強引に進められたが、他方、日米軍事同盟強化に反対し9条改憲に反対する道も、市民と野党の共闘という形で、国民の前に姿を現したからである。
今度の総選挙は直接には、安倍・菅と続く政治に審判をくだす選挙であるが、同時に、日本とアジアの平和のあり方をめぐって、日本が今後どちらの方向をとるかを選択する選挙ともなる。戦後憲法制定以来74年、その改変を目指す保守勢力の企図に対して市民の運動は、改憲を阻み続けてきた。けれども、そのほとんどを占めた保守政権のもとで、私たちは、憲法を掲げて外交と平和を追求した政治の経験を、残念ながら持っていない。今度の選挙を、改憲と軍事同盟強化の道にNOを突きつけ、日本の進路を憲法の求める方向に転轍する機会にしなければならない。
〔注〕
(1)以下の点につき、渡辺治『戦後史の中の安倍改憲』新日本出版社、18年、参照。
(2)改正武力攻撃事態法第二条第1項第4号、第8号。
(3)ヒラリー・クリントン「米国の太平洋の世紀」『フォーリンポリシー』11年11月号。
(4)この戦略について、布施祐仁「バイデン政権の成立と日米軍事同盟の強化」九条の会『菅政権の成立と改憲問題の新局面』21年所収、同「米中覇権争いと日米同盟」『経済』21年8月号所収、参照。
(5)敵基地攻撃力保有論について、詳しくは、前田哲男『敵基地攻撃論批判』立憲フォーラム、同「敵基地攻撃能力保有のいま」九条の会前掲『菅政権の成立と改憲問題の新局面』所収。
(6)「菅首相消極的、しぼむ改憲機運」、時事通信、21年5月2日。
(7)「産経新聞」、21年5月4日付。
(8)「産経新聞」、21年5月4日付。
(9)「日本経済新聞」、21年4月26日付。
(10)「読売新聞」、21年5月10日付。
(11)「朝日新聞」、21年5月3日付。 【K】