突然腕を掴まれて、こっちだよと引き戻された話
実家に戻り、
親にブーブー言われながらも
一人娘と自分の将来に向けて、私は着々と準備を進めた
地域で1番大きな病院の正職員試験に、20名受験した中で1人選ばれた私は、
子どもがいたんじゃ満足に働けないでしょ、と鼻で笑われた、あのばあちゃん先生のクリニックでのパート採用面接を思い出し、
ばあちゃん、見る目ないな…
その辺の独身ナースじゃなくて、コブ付きナースの私が選ばれたことに一種の優越感を感じ、自慢する相手が1人もいないにも関わらず、一人これから先の娘との未来を思い描いて、ニンマリしたのだった…
配属先は小児科
主に脳に疾患のある子どもの病棟で、慣れない場所での慣れない生活に必死にしがみついて頑張った
娘も園に慣れ、親も1年も別居してるのだから、そろそろけじめをつけた方がいいだろうと、離婚に賛成してくれた
夫はというと、
夫は夫でなぜ離婚しないといけないのか、何が悪いかったのか全く理解しないまま、
とりあえず妻の意向を尊重するという謎のポジティブ思考で日々を過ごし、たまに娘にブランドものの服を買ったりしてくれた
そんな中、病棟でも一通りの仕事ができるようになり、病院近くの寮を借りて、晴れて娘と2人暮らしをスタートさせようとしていたある日
事件は起こった
日勤中に、私の目の前で、入院中の3歳の女の子が卒倒したのだ
お父さんがお見舞いに来ていたらしい
まさに父親の姿を見て見つけて、廊下の向こうから手を振って走り出した瞬間の出来事だった
バサッ…
頭から後ろにそのまま倒れたその子は、顔面蒼白で、口から泡を吹いていた
慣れているのだろう
父親も付き添いの母親も、慣れた手つきで抱き起こし、病室に連れて行く
だが、目の前でぶっ倒れたその子を見た私は、その場で動けなくなり、ヘタヘタと床に座り込んでしまった
ショックだった…
あんなに元気だったあの子が、一瞬にして変わり果てた姿を見て、まるで自分の娘がそこにいて、今まさに口から泡を吹いているかのような錯覚に陥ってしまった
『わたしなら、耐えられない』
あの子の両親は何度同じ場面に遭遇しているのだろうか
泣きもせず、慌てもせず、淡々と
あうんの呼吸でわが子を抱きしめる姿を見て、
わたしの子がもしこうなったら、私はどうなってしまうのだろう?と
怖くてたまらなくなった
その事件から1ヶ月後、
夜勤明けで仮眠を取っていた私は、誰かの気配を感じて目を覚ました
そこには誰もいなかったけれど、たしかにすぐそばで話しかけてくる『声』を聞いた
【許しなさい、今から許せるから】
そう、たしかに、『声』が聞こえた
私は
許せなかった?
のだろうか
今なら
許せる?
のだろうか
それが一体誰の声なのか
誰をどう許せるのか
全く意味が分からなかったが、なぜか、その『声』には従わなくてはならない
そんな意識がその瞬間から私の中に入り込んできて、
驚くことにその日のうちに夫の待つアパートに帰ることを私は決めた