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寿司はなぜ「高級」なのか?

今回の「ワイングラスのむこう側」は、食文化のお話です。世界に通用する日本の食文化について考えます。

最後の晩餐になにを食べたい?

いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。

僕のnoteに「Xで話題になっている、高級寿司屋の店主と客の女性のトラブルについて、林さんの意見を聞かせてください」という質問が来ました。

ご存じの方もいらっしゃると思いますが、ある女性が男性と高級すし店で食事した際に大将とトラブルになり、その経緯と写真を女性がSNSで公開した件ですね。怒りの表情の大将が今にも殴りかからんばかりの画像だったので、賛否両論を呼びたくさんの人に拡散されました。この件について考えてみます。

先日、料理研究家の口尾麻美さんに、「最後の晩餐は何を食べますか?」って質問してみたんですね。最後の晩餐って、その人がすごく出るんです。例えば、僕の師匠の飲食プロデューサー・中村悌二さんは、「うなぎ。ひとりで美味しい鰻屋で、美味しいうな重を食べる」って答えたんですね。この「ひとりで鰻屋」っていうのが、中村さんらしいなあって思うんです。

口尾麻美さん、「ええ? 最後の晩餐ですか? ええ?」ってすごく悩んでたので、「例えばお寿司とかどうですか?」って聞いたところ、「お寿司かあ。江戸時代に行って、そこで食べるお寿司だったら食べてみたいけどなあ」って答えたんです。なるほどなあって思いますよね。僕も江戸時代の、「ファストフード」としての、「ストリートフード」としての寿司って食べてみたいです。

江戸時代って何がすごかったかって、「平和だった」ってことだと思うんです。『鉄砲を捨てた日本人』https://amzn.to/3U7EcVD(中央公論新社)っていう面白い本があるのですが、武器の歴史ってもちろん、どんどん殺傷能力が高くなっていくのが基本じゃないですか。日本は戦国時代、鉄砲が伝来するとあっというまに世界最大の鉄砲生産・保有国になったそうなのですが、江戸時代になるとだれも銃を使わなくなったというのが世界にはない驚くべきことらしいです。それと、あの時代に大きな戦争もなく300年もキープするのって、やっぱりすごいと思います。

平安時代もそうだし、1945年以降の日本もそうだし、江戸時代も、もちろんそれぞれの時代なりにダメなところっていっぱいあるけど、とりあえず戦争がない状態が長いって一番良いことだと思います。だからこそ「寿司」みたいな面白い食文化が発展したんだろうなあと思います。

寿司の何がすごいって、現代になって「高級化」できたじゃないですか。世界に宮廷料理はたくさんありますが、それらは最初から「高級」を目指しているから、後の世になっても「高級」なのは当たり前のことです。でも寿司はファストフードだし、実際今でも回転寿司もあるのに、ひとり5万円とか10万円とかっていうのが可能になっています。

こういう例ってそんなにないですよね。ハンバーガーやかき氷も、高級化した店舗はあるけど、寿司ほどは高くなってないです。

以前ある本で読んだのですが、「元々庶民が安いと思っていたものを高級化する」ってすごく難しいそうなんですね。高級化って、元々少しでも高いとか入手困難っていうイメージがあったものの方がしやすいらしいんです。

例えば、「高級チョコレート」とか「高級な時計」ってありますが、チョコも時計も、元々庶民には手が届かない高級なものだったから、今すごく安いチョコや時計があってもすごく高級なチョコや時計も成立するというわけらしいんです。

だから「寿司」ってすごいなあって、飲食店を経営している人間として、いつもいつも感心するんです。寿司っていう食文化はすごく大切にすべきだし、例えば政府がその文化を後押ししてもいいと思うんです。「日本政府公認の寿司職人を育てる学校」を全世界に作ってもいいですよね。「美味しい米とは」「海苔は」「ワサビは」ってことを日本の職人が海外で教えたら、日本米や日本酒の輸出量も伸びますよね。

これから世界に出ていく日本の食文化

あるいは、これからお酒離れは起こるだろうし、世界にはお酒を飲まない地域もあるから、日本のお茶も伸びるだろうと思っています。寿司も実は緑茶が一番あうじゃないですか。アラブのお金持ちに、寿司にすごく高級な緑茶をあわせてもらってもいいですよね。

「寿司に続け」っていう日本の食文化もたくさんありそうですよね。僕は個人的に「ビーガンの蕎麦屋」がいけると思ってます。蕎麦は小麦粉を使わないグルテンフリーというのも大きいです。つゆの出汁だけ、鰹節を使わないで干し椎茸を使ったりすれば、蕎麦屋はビーガン可能です。

あるいは「焼き鳥」。あの、たれの照り焼き味って呼んでいいのでしょうか。あの味って、全世界の人たちが「美味しい」って感じる味らしいんですね。さらに「鳥肉なら食べても大丈夫」って国は多いですよね。

常々、「日本の食文化って世界でもすごく面白いし、まだまだ輸出可能」って思っていまして、それを後押しするような「大人たち」が必要だと思っています。

さらに僕も、今度お酒の本を出す予定なのですが、そこで「バーの使い方」っていうのを書いていて、その延長で「飲食店の使い方」をもっともっと大人が伝えるべきなのではと思っています。

蕎麦屋での粋な飲み方、スマートなレストランの使い方、いろいろとありますが、そういうのを大人が伝えるのって必要ですよね。いやほんと、伝えていない僕たち大人が悪いです。

そういう「飲食店の使い方」みたいなものを、インターネット上に僕たち大人が用意すべきなのでしょうか。誰かやらないかなあ。

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林伸次(はやし しんじ) 1969年生まれ。徳島県出身。1997年創業の渋谷のワインバー「bar bossa(バールボッサ)」店主。本連載の書籍化『ワイングラスのむこう側』『大人の条件』はじめ書籍多数。また『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』など、小説も執筆。

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