マスの先に
さて、と……ジャブでも見せて距離を測っておきますか……なーんて考える間もなくゴチーン🌟グワワワーン💫と殴り倒されている。レフェリーが割って入るのと同じかそのちょっとあとくらいにもう一発ゴチーン。心、折れる。いともたやすく。再開後、こっちの方が背は高いじゃんか、蹴らないとまた殴られる、と思っていたらローキックをバチコーンと蹴られて動きが止まり、やべっ手を出さなきゃと思ったときにはすでに再び頭をゴチーン。インターバルでセコンドに「どうしようめちゃ強い……」みたいに泣きついたら、殴られても横を向くなと言われた。甘えても誰も助けてくれない。結果惨敗。健闘を讃えて抱き合うなんてことは、とても出来なかった。
痛いのはけっこう得意だ。SMも多少経験した。理不尽に暴力ふるわれたことだってある。だから全然殴り合えると思っていた。でも違った。倒しにくる人は怖い。ルールに従って止めるのはレフェリー、やる方は殺す気で来る。試合後、セコンドに、相手は「気持ちの入り方が全然違った」と言われた。今までどれほど牧歌的な世界で生きてきたのだろう。主催者からは「普段はクレバーに戦われる方なのかとお見受けしました」と慰められた。
どうだっけ。練習は一生懸命やったつもりだ。コンビネーションもカウンターも多少覚えた。蹴りが重いと褒められた。女の子が試合出るってすごいねって言われて「えへへ」と思っていた。でもなーんにもならなかった。すごいのはちゃんと戦えてからだ。コンタクトの前からビビった。飲まれた。相手の顔さえ記憶にない。コンタクトスポーツは、どれだけ楽しいスポーツ的にルールが整備されていても、そのコアにあるのは比喩でも何でもない「倒す」という目的だ。それに向けて気持ちを作れないような人間に勝ち目はない。私は殴られながら、「こんな殴られてかわいそう」と自己憐愍にかられていた。相手はちゃんと倒しに来た。悔しいと思うことさえない。悔しさは本気でぶつかった人にだけ許される。発表でヘラヘラする学生みたいじゃんか。
練習のとき、男くらい本気で殴れ、変に寸止めする癖を付けるな、とよく言われた。でも、たとえ相手が本気で殴ってこない格闘技に慣れたおじさんであっても、ぶん殴ったりなんて出来なかった。体を蹴るのはいける、蹴るのは。みぞおちやレバーもまあ殴れる。でも顔には、現実的なダメージのリスク以上に、殴ったり蹴ったりすることを躊躇わせるようななにかがあるのだと思う。それを超えて、顔面を本気で殴れるようになるためには何が必要なのだろう。それが今は全く見えていない。その尻尾が少しでも見えるまでは、試合には出ないでおくと思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?