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見舞いの思い出と、そこで生じた面白い流れのこと
数年前のことだ。
その頃はがんを患っていた祖母の見舞いに行くことが多く、その場で疎遠になっていた人と久しぶりに会ったり、あまり交流のなかったいとこの夫と話したりと、不思議な数か月を過ごしていた。
ちょうどあたたかくなってきたころで、桜が咲き始めていた。それを見て、来年はもう一緒に桜を見ることができないのだなと、その場にいたみなが考え、しんみりとした雰囲気が漂っていた。
そんな静かな雰囲気が心に何かを生じさせたのか、何人かは帰らず、もう少し話していくという。
帰る組と残る組にわかれる。僕は帰る組のほうだった。
暮れ始めた空。桜が風に吹かれて散っている。それほど強く吹いているわけでもない風。桜というのは儚いなと感じた。
両親が残る組だったので、僕はいとこ夫婦の車に乗って帰ることになった。
妻は残る組だったので、僕はあまり話したことのないいとこの夫と二人、車に揺られることになった。
なんてことない会話をひとつふたつ交わし、その後は間ができる。その間を埋めるようにまたなんてことない話を……という繰り返し。
そんなふうにして終わると思っていたのに、そのきっかけは急にやってきた。
「ここの風呂、よく来るんだよ」
信号待ちの時間、看板に書かれたスーパー銭湯について語る。
「行ったことないですね。広いんですか?」
僕はそう返す。
「結構。飯も食えるよ」
「へえ。行ってみたいですね」
会話の流れでそう言っただけだった。
「じゃあ、行っちゃう? しばらく時間もあるだろうし」
いま思えば、これも流れから出てきた言葉だったのかもしれない。
でも、その時の僕は、どこか心がざわついていた。桜の儚さや祖母のこと、いろいろなことが心の中に無意識の「さみしさ」みたいなものを作りだしていたのかもしれない。
「行きましょうか」
「マジで?」
「はい」
「OK」
そうして、帰り道から逸れ、僕らはスーパー銭湯へ向かった。
その道中では、先ほどまでの間が嘘のように、僕らはあれこれと会話を交わした。
スーパー銭湯に到着し、大きな風呂でくつろぎながら話をした。
その時抱えていた悩みだとか、こんな楽しいことがあったんだとか、明るい話題から暗い話題まで、もりだくさんの内容だった。
長い時間いたわけではない。着替えの時間をあわせても1時間くらいだろう。入浴していたのは40分くらいだ。
それでも、なんだかとても充実した気分だった。
濡れた髪を春の気持ちのいい風にさらしながら、駐車場を歩く。
近くに桜があった。
「病院の桜、なんだか物悲しく見えたんだよね」
「僕もそう感じました」
「でもここの桜は普通にきれいだね」
「ですね」
そんな話をした。その後、間ができる。けれど、その間はさきほどまでのものと違って、僕らが望んで生んだ感情の空白だったように思う。
車に乗り、家へと送ってもらい、部屋へ。
窓を開け、空気のいれかえをする。
気持ちのいい風が入ってくる。春の風はどうしてこんなに気持ちがいいのだろう。
髪はもう、すっかり乾いていた。