『万物はひもである』(3/4)

格差が広がり一部にエネルギーがたまっている状態は健全ではありません。エネルギーが偏在すればいつかはその歪みに耐えられなくなって、泡の様にはじけます。正にバブル。

かといって、エネルギーの使い方を知らない人に持たせるのも効果的ではありません。田舎の町で煌々と光るパチンコ屋のネオンサインの電気代で、何合のごはんが炊けるのでしょう。

炊いて欲しい、炊き立てを持ってきてほしい。
お腹がすいた!!

また、全員が平等にエネルギーをもっているのも健全ではありません。エネルギーにおいて、平等という静止状態は生命における"死"とも言えます。
エネルギーの循環には適切な"差"が必要で、経済活動で言い換えれば"役割"です。

リスクを取って、利益を得る人がいる一方で、リスクを取らず、逃げてくれた人がいたおかげで人類全体が生き残ってこれたように"役割"は必要であり、能力ある人が資産を有効に使うおかげで全体が生き残ってこれました。
以前だと、その"役割"が果たせなければ交代してもらうというのが選挙やら人事やらでしょう。最近だと、オンラインサロン等で中心人物が資本を集めて、サロン全体が幸福に活用するというような活動だと思います。

ただ、役割において資本を持つものと持たないもの"差"が、個人の幸福感の"差"に直結させてはいけません。

あ、ごめん!俺、資本家なんで(笑)

と言われたら、

あ、そう!おれ幸せなんで!

と、言って五寸釘は次の機会にとっておきましょう。

経済的格差はあっても、幸福感の差はほとんど無いという状態が健全であり、この幸福感の差を縮小させるが科学の役目だと考えています。

かつては権力者のみが手に入れられた、獣や病気におびえず、暑さ寒さをしのぎ、温かい食べ物を頂くという贅沢が今では誰でも手に入れられる科学の力です。

今や科学は疫病を克服し、飢餓を克服し、自然災害をも克服しようとしています。そして、生きていくに十分な資源を生み出していくでしょう。

街中で焚火しても大丈夫?

あ、バリア張ってるんで大丈夫です。

みたいな世の中になると思います。

続く…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?