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ハードルを下げていないか?

       ~ 人は時々、自分のハードルを能力以下に下げている ~
                              ゆきひら

 久しぶりに妹ら家族と出かけました。

 複数台の車で出かけることとなり、私は妹の車に乗り込みました。

 彼女が運転する車の中で、久しぶりに二人きりになりました。

 妹は女ばかり、三人姉妹の末っ子です。

 御多分に漏れず、一番の甘えん坊で、昔から母や義弟(彼女のご主人)に甘えて、敢えて苦労は避けて生きてきたようなところがありました。

 しかし、結婚してしばらく後、状況が変わりました。

 小脳変性症ってご存じでしょうか? 徐々に運動機能が低下する難病なのですが、義弟がこれでした。お身内に同じ病気のご家族がおり、彼にも遺伝していたようです。

 徐々に体が不自由になり、仕事も今の部署に変えてもらったそうです。
 しかし、慣れない部署で働くのはきついようで、本当はもう辞めたいようなんです。

 辞められないのはお金の問題があるからです。特に家のローンが大きく、妹のパート収入だけでは月々の返済金を払えない。

 家のローンを組む際、私達は、返済者が亡くなった時、重度障害者になって働けなくなった時、返済金の未払いを防ぐために団体信用保険に入ります。

 しかし、ご主人の障害は軽い方なので、この保険が使えないんですね。

 しかし、現状は、障害が軽い方と言っても車の運転もやめており、会社への送迎を妹に頼りながらの通勤です。会社でも人の助けを借りながらでないと業務をこなしていけないようです。
 詳しくは話さないので分かりませんが、そんな状態だからか、彼は同僚に疎まれているようで、肩身の狭い思いをしながら職場に通っているそうなんです。

 ですので妹は、一発奮起して、現在の職場に転職しました。パートですが、時給も高く、先を見据えての転職でした。
 しかし、彼女はバリバリのキャリアウーマンタイプでもなければ、テキパキと頭が切れる働き者でもありません。
 これまでも、正社員で働いたことはなく、いつもパートか、アルバイト勤務でした。なぜか、人間関係でも色々、苦労するタイプなんです。

 今の会社は、働いた経験の無い、慣れない職種の世界です。仕事を覚えながら働いていますので、非常に辛そうなんですね。仲の良い友人も出来にくいようです。

 姉である私は、妹のことが心配です。
 (なんとかできないかな? 宝くじでも当たって、大金が手に入ったら、彼女の家のローンも一緒に返してやりたい! いっそ、私が、何か独立自営の仕事でも立ち上げられたら妹と一緒に商売できるかな? そうすれば、彼女は仕事で辛い思いをせずに済むかな?)
 ずっとそう思ってきました。

 久しぶりに二人になれたので、聞きにくかった話ができました。

「仕事どう? 少しは慣れた?」
 妹はため息をつきながら答えた。
「全然! 仕事の覚えが悪いから苦笑されるのよ。はぁぁ^^って・・・ そんなだから若い子にも可哀想に思われてて、助け船出してもらったりしてね。ほんと、情けない。」

 みるみる暗くなる彼女の表情から、自信を失いつつあるのが分かった。
 私は妹を勇気づけたくて話した。

「でも、私、あなたのことすごいと思う。昔は人を頼ってばっかで大丈夫かな? って思ってたの。正直、見くびってたとこあったと思う。そんなあなたがここまで頑張れると思わんかった。
 給料がいいからって、まったく経験の無い世界に飛び込んで、一から仕事を覚えようなんて、誰にでもできることじゃないよ。」

 妹が答えた。
「今までずっと、人を頼って楽してばっかだったからね。今、そのツケを払ってるんだと思ってる。でも、自分でもここまでやれるとは思わなかったわ。」
 妹の表情に少し明るさが戻った。
「ずっと苦手だって思ってた人とこの前、話をしたの。私はこう思ってこうしたんだけど、貴方は気に入らないようでしたね。なぜなの? って・・・」

 私は驚いた。
「へぇ! そんなこと聞いたの? そしたら?」
「相手は一瞬、怯んだみたいだった。でも、すぐに理由を説明したよ。そして、私も言い方悪かったって謝ったわ。」

「そう! 良かったじゃん。」
 人の顔色を窺うばかりで、言いたいことをはっきり伝えられないようなところが妹にはある。でも、この話を聞いて少し安心しました。そして、続けた。
「大変だけど成長したんだね。ていうか、ほんとはそれだけの力を持ってたってことじゃない? 尻に火がついたらここまで出来たんだよね? 必要ならば出来るってことじゃないの? 」

 妹はウンウン、頷きながら聞いていた。

「私も、これから離婚するって時にステーションのお客は激減するし、スタッフも管理者も辞めそうだしでどうしたらいいんだろ? って悩んだよ。でも、やるしかない! と思って営業かけたりなんかして・・・ 私は営業なんて絶対、やらない! って思ってた人なのにね。」

 二人で話を続けつつ、私は考え続けていた。

 私達って時々、こんなふうに自分のハードルを下げてたりするんじゃないかな? 自分はそんな人間じゃない! とか、そんなの私に出来るはずない! とか言ってる時、私達は自分の力を過小評価して、ハードルを下げてやしないかな?

 昔は、車を運転するのは私ばかりで、妹はいつも後ろか助手席でした。仕事で車の運転をすることが増えて、運転にすっかり慣れたんですね。今や、どこかに出かけるときは大概、妹が運転手です。上手なんです、運転。頼りにしてます。

 「ごめんね。あなたにばっか運転してもらって・・・」
 妹は笑って答えた。
 「別にいいよ。それよりこうして、家族みんなで遊びに行くのが、今の私のストレス発散なのよ。たまにはこうして付き合ってよね。」

 人間の本当の力って分からない。どんな可能性を秘めているのか? それはいつ発揮され、どんなふうに花開くのか・・・?
 人間って、人生って、ほんとに分からない。そう思った出来事でした。

  

 

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