フードファイティンガー 爆食!! 2
5/19(土) 16:48
予定よりも3分も遅れ、春季山俵満腹超食大会の準決勝の品目が発表された。いつも通りならば、この瞬間は大きく盛り上がる。勝ち進んできた猛者は次の獲物に喉を唸らせ牙を舐める。だが、今季は違う。会場は思わずカーディガンを羽織ってしまう程度には冷え切っていた。理由は単純。三回戦、爆食院 饕餮(ばくしょくいん とうてつ)が見せた異様なフードファイティング。選手も、審判も、観客も、取材班も、皆一様にあの三回戦をこう言うだろう。
「人の進化の果ては、悪魔だ。その悪魔を今日、見た」、と。
桜餅 大納言 猿田彦(さくらもち だいなごん さるたひこ)は制服の肩パットの隙間からイヤホンを取り出し、会場である市民会館の公衆電話に挿す。そして30円を投入し、たどたどしくボタンを押して母校にいる主将に電話を掛けた。
「もしもーし?主将デースか?ピョロピュロ(駆動音)」
「ああ。桜餅か。あの飛び出していった馬鹿一年坊主はどうだ?」
「あれ?知らないんですか?おかしいな。デース。メキョキュロ(駆動音)」
「知らん。さすがに一回戦は突破してるだろう?」
「負けましたよ。デース。三回戦で。キョロキュロ(駆動音)」
三回戦。品目はみそ汁。なんの具もない、味噌を熱湯で解いただけの液体。胃の容量が少ないという欠点を補うために、爆食院 饕餮はみそ汁をアイスにして食していた。それだけだったら、何でもないただの愚か者であった。
「負けたか。そうか。無事か?」
「無事に決まってますよ。一応、一年の癖に娑婆河原先輩を入部時点で食い降ろしてますから。デース。キュコキュコ(駆動音)」
爆食院 饕餮は踊杭鮮海鮮中学校(おどりぐいせんかいせんちゅうがっこう)に入学し、フードファイティング部に入部するまでフードファイティングとは無縁であった。しかし二年生の桜餅 大納言 猿田彦に連れられて入部体験し、三年生の娑婆河原 笠六積(しゃばがわら かさろくせき)をフードファイティングで下した。娑婆河原 笠六積が補欠であったとはいえ、二年の努力が差にならないほどのポテンシャルを爆食院 饕餮は持っていたのだ。
「主将。爆食院はきっと歴史を変えます。デース。ロキョモキュ(駆動音)」
「ははっ。お前がそこまで言うのか。なら、俺も本腰入れて育てるかな」
主将の言葉に、桜餅 大納言 猿田彦は受話器を握り絞める。プラスチックの受話器は強く握られ、悲鳴を上げ始める。桜餅 大納言 猿田彦は静まり返った市民館から自分の声だけが相手に届くように、腹に埋めた機構の電源を切った。それは自傷行為でもあり、それだけの覚悟であった。主将は電話越しに駆動音が途切れたことに気が付き、喉を鳴らした。
「主将。俺は決めました。デース。爆食院は俺が育てます。デース・・・
あんたの育て方じゃ、あいつは死ぬ」
桜餅 大納言 猿田彦は受話器越しから怒りを感じた。もし対面していたら、この静寂に包まれた市民会館はどうなってしまっただろうか。恐らく、誰も止めなければきっと廃屋になっただろう。そんな烈火の如き怒りを感じる。主将たる所以。尊敬する人間。その力の片鱗を味わい、桜餅 大納言 猿田彦は心が躍った。
「アメリカ行って二年坊主が指導者気取りか?桜餅。爆食院は基礎も知らん。じっくりと来年のインハイを目標に育てる。これは顧問と話し合って決めた、正式なスケジュールだ」
「あんたは見ていない。あいつの、あいつの胃は・・・広げちゃだめだ」
爆食院 饕餮はフードファイティングにおいて重要な要素を持っている。フードファイティングで勝つための要因は数多くあるが、中でも重要なのは"どれだけ胃に品目を入れられるか"である。爆食院 饕餮は中学一年生男子にしては小柄だが、顎関節の柔らかさと消化能力の高さは常人はおろか、歴戦のフードファイティンガ―をとうに越している。
「もういい。爆食院はもう家か?」
「知りません。連絡入れたらいいじゃないですか。」
桜餅 大納言 猿田彦は受話器を乱雑に叩きつけ、自分の腹の機構の電源を入れる。虚しい、無機質な駆動音が聞こえる。主将は今頃、顧問と頭抱えてるんだろう。
「あんたが俺を育てなかったから爆食院は死ぬんだ。ざまあみろ。山俵」
革靴で叩かれた廊下の音と四回戦開戦の合図が、駆動音を掻き消す。
才能を褒められて、アメリカに行って、限界を知った。同じものを持っていたのに。なぜ俺は。あんたは。悩む桜餅 大納言 猿田彦の涙は冷えも沸きもしない。ただ、そこに落ちていくだけだった。春は終わり、夏は来る。
三回戦に敗北し、落ち込む爆食院 饕餮に立ち直る暇はない。半ば強引に桜餅 大納言 猿田彦に連れられ名門青山竜舌焼中学校(あおやまりゅうたんしょうちゅうがっこう)へ連れらてしまう。しかし、そこで彼は生涯のライバルとなる風秤寺 窮奇(かざはかりでら きゅうき)と出会うのだった・・・