タイ製造業事情:商工中金バンコク駐在員事務所
ものづくり新聞取材班はタイにおける製造業の現状を取材し、日本の中小ものづくり企業の方々に発信することにしました。
タイ進出を検討する際に、銀行への相談は欠かせません。決済のための口座開設や融資の相談も必要です。そのため、タイには日本のメガバンクであるみずほ銀行、三菱UFJ銀行、三井住友銀行といった大手銀行から横浜銀行、山口FGといった地方銀行までさまざまな日本の銀行もタイ・バンコクにオフィスを構えています。
その中でも特に中小企業専門に支援しているのが株式会社商工組合中央金庫(略称:商工中金)です。日本全国7万社近くの中小企業と取引する銀行です。
商工中金バンコク駐在員事務所所長 川上博之さん
今回、商工中金バンコク駐在員事務所所長 川上博之さんにお話をお伺いしました。
ーー素人質問で恐縮なのですが、商工中金さんのタイ・バンコクでの業務を教えていただけますか?
商工中金バンコク事務所は、タイをはじめとするアセアン地域に進出しているあるいは今後進出を検討中の企業様の支援を行っています。商工中金はタイでは預金業務や融資業務などの基本的な銀行機能はありませんが、日本の中小企業様がタイに進出されるにあたって、提携している政府機関であるタイ投資委員会や現地金融機関などのネットワークを活用して、円滑な進出が実現するようお手伝いしています。
ーー銀行機能がないのに、バンコクにオフィスがあるのですね?
そうですね。金融相談だけではなく、日本の中小企業様とタイ現地の専門家を繋ぐ機能を果たしています。現地銀行と窓口をつくりたいという相談がある場合は、提携しているタイ現地大手銀行、バンコック銀行様をご紹介しています。同行には商工中金の職員を3名派遣しており、金融相談にご活用いただけます。
ーーでは商工中金バンコク駐在員事務所は利息収入などはないということですね。
そうです。一見バンコク駐在員事務所はコストセンターに見えますが、日本側の企業様をご支援するということが存在意義でもあり、トータルではビジネスになっております。
ーーバンコク事務所としてたとえば進出件数など指標はあるのでしょうか?
そういったものは設定していません。私たちは無理にタイに進出してくださいとお薦めしているわけではありません。経営判断として必要な情報はご提供いたしますが、結果としてベトナムに進出したり、どこにも進出しないということも有ると思っています。あえて厳しいことも申し上げることもあります。
ーー中小企業のみなさんはどのような段階で商工中金にご相談に来られるのでしょうか?
構想の最初の段階からのご相談もございますし、いただいても大丈夫なのですが、現状はある程度タイに進出することが決まった段階でご相談いただくこともございます。日本の中小企業のみなさんはまず地方銀行(地銀)のほうにご相談されることが多く、初期検討の段階では地銀がサポートしていることが多いような印象があります。
タイ投資委員会への申請サポート
ーータイ進出が決まった段階ではどのようなサポートをされるのでしょうか?
タイ投資委員会(BOI = Board of Investment)という組織が海外からの投資奨励を行っています。商工中金は1995年からこの機関唯一の日本人アドバイザーとして職員を派遣し、日系企業の投資相談窓口として投資奨励申請の手続きをご支援しています。BOIによる審査を通過すると、一部業種で100%外資で会社設立ができたり、法人税や輸入関税の免税、各種優遇制度などの恩典を受けることができます。
ーー進出後はどのようなサポートがあるのでしょうか?
運転資金のご相談はございます。また、追加の設備投資をしたいというご相談もあります。ただ、やはり撤退するときが大変ですのでそのようなご相談もあります。あと、部品のサプライヤーを変更したいので紹介してほしい、といったご相談もありますね。
ーーでも、今取引しているところがあるわけですよね?
はい、ですのでそこは慎重にご紹介するようにしています。私たちにとってはすべての中小企業様がお客様ですので、どちらのほうがよい、というご紹介は難しいこともあるためです。また、私たちは細かい技術的なことはわからないこともあるため、的確なご紹介をしづらいということもあります。たとえばプレス加工といってもいろんな大きさや特徴がありますよね。
ーー他に商工中金さんのサービスは何がありますか?
特にサービスということではないのですが、単純に話を聞いてほしいということでお話をお聞きするケースも多いです。タイ現地の社長さんは誰かに聞いてほしいというのもあると思います。タイならではの課題は日本の本社に相談してもわからないので相談しにくいというのもあるのだと思います。
タイでの製造業動向
ーータイでの従業員採用の動向はいかがでしょうか?
タイも少子高齢が進行しており、労働力確保は経営上の課題となっています。少し前までは隣国のミャンマーから人を採用することができたため、人材確保は一定程度クリアできていたのですがミャンマーの政治状況が変化したため、今はミャンマーの人を採用しにくくなりました。そのため、労働力は不足気味になっていると聞いています。
ーータイで労働力が不足しているということですか?
そうです。みなさんタイは人件費が安く労働力も十分にあるとお考えの方も多いと思いますが、もうそういう状況ではなくなっています。そのため、これからはタイの工場でも日本と同じように、工場のラインの自動化や省力化への取り組みが必要になってきていると思います。
ーーコスト削減のためにタイに進出という理由ではなくなっているんですね。
そのとおりです。これまでは日本で生産していた製品をタイで生産することでコスト削減できていましたが、今はコスト削減目的でタイに進出される方はほとんどいらっしゃいません。しかも昨今の円安も拍車をかけており、日本に製品を輸出されている企業の方々は採算が非常に悪化されているところもあるようです。
タイやASEAN進出の目的の変化
ーーASEAN進出の目的そのものが大きく変わっているんですね。
たとえば、B2C向けの製品を作っている会社さんであれば、タイに販売拠点をおいてタイを市場として製品を売るというやりかたもあります。しかし、今はタイから日本に買いに来てもらう、というやりかたのほうがいいのかもしれません。日本製の製品で日本でしか入手できない製品です、と言い切ってしまったほうがタイの方々の所有感を満足させられるんじゃないかと思います。
ーータイのバイヤーさんに知られる取り組みが必要ですね。
東南アジアでもインテリアショップとかセレクトショップのバイヤーさんはかなりの頻度で日本に来られています。東京の原宿や表参道でいいものを見つけておられて、そういうものを仕入れてタイで販売されています。タイのセレクトショップに行くと私たちが知らない日本ブランドのTシャツが売ってあったりします。タイのバイヤーの方々の目利き力は相当あると思います。
ーーいつの間にかそんな市場になってきていたんですね。
10年前くらいまでは円高などの外部要因もあり、海外に進出しましょうと強くお勧めしていましたが、タイの経済成長もあり、環境は変化しています。進出したけれども継続的な運営に支障を来す企業さんもおられますし、撤退を視野に入れている企業さんなどもおられます。
ーーそういう背景で、さきほど「無理にタイに進出をお薦めしているわけではない」とおっしゃっていたのですね。
そうですね。いきなり大きな工場を進出というのではなく、まずはタイ向けに商品を販売してみて、需要が大きそうであればタイに小さな工場を設けてみる、といったステップアップのやり方もあると思います。タイは日本人にとって駐在するには生活しやすい都市ですので、海外進出の第一歩としてはいい環境だと思います。
編集後記
川上さんによれば、タイに視察に行くという方々もおられると思うのですが、タイ現地の消費事情はどうなっているか、工場進出されている方々の本当の課題とか、そういったタイの現状を見ていただきたい、ということでした。進出目的というよりも、海外事情を見た上で自社の事業経営を考えていただく、そんな視察も必要かもしれません。