タイ製造業事情:入船スチール(タイランド) 平井大輔さん
ものづくり新聞編集部はかねてよりタイでの製造業事情を取材しています。今回はタイ・パトゥムターニー県のランシット工業団地(ランシット・プロスパー・エステート)に拠点を持つ入船鋼材株式会社のタイ拠点を取材しました。
ランシット工業団地は首都バンコクから北に車で1時間弱のところにあります。チョンブリやアユタヤの工業団地と比較してバンコクから近い距離にあるため、利便性の高い工業団地です。この工業団地は工場建屋が予め建てられた貸工場が提供されており、広さは360平方メートルからの比較的小規模な工場を賃貸で利用することできます。ヤマザキパン、東京鋲兼、日東精工マシナリーなどの工場があります。ずらっと同じ形の工場が立ち並ぶ団地の風景は圧巻です。
入船鋼材株式会社は鉄鋼の専門商社です。鉄鋼材料の卸販売を中心に、材料加工、精密板金加工や物流まで手掛けています。本社は東京都中央区八丁堀、工場や倉庫は千葉県浦安市に拠点があります。
IRIFUNE STEEL (THAILAND) CO., LTD.は入船鋼材のタイ拠点として設立されました。タイの日系企業や現地企業向けに鉄鋼材料の精密板金加工を行っています。
IRIFUNE STEEL (THAILAND)の工場に潜入
ランシット工業団地は多数の貸工場が立ち並んでおり、その中の一つに入船スチール(タイランド)(IRIFUNE STEEL(THAILAND))の工場があります。
工場内には板金加工のためのレーザー加工機などの機械が並べられ、鉄鋼メーカーから仕入れた鉄板のレーザー加工や、シャーリング(切断)加工を行っています。天井には鉄板を運ぶためのクレーンがあります。この時期は決算直後で在庫が少ないそうですが、繁忙期には工場が鉄板と加工品でいっぱいになっていることもあるとか!
入船鋼材タイ 平井大輔さん
ーーどのような経緯で入船鋼材に入社されたのでしょうか?
大卒で入船鋼材に入社しました。その後本社から大阪に転勤し、その後タイ拠点設立のためタイに移ってきました。
ーー入船鋼材を選ぶ決め手になった出来事などはありますか?
合同説明会に参加したときに社長にインパクトがあり、元気な方だなと感じたことがきっかけでした。私自身はウインドサーフィンをやっていたのですが、当時の営業部長がスキーの国体選手で、社長もスキーをやる方だということでスポーツ好きな方がおられたことも後押しとなりました。
ーー日本からタイに移られてからずっとタイにおられるのでしょうか?
そうです。2012年にタイのバンコクに駐在員事務所を設立し、その後現地法人化しました。その後今日まで(取材は2022年8月)10年の間タイに住んでおります。
ーーどうしてタイに進出することになったのでしょうか?
タイに進出する前の2012年当時、日本の鉄の消費量は年々減少していました。日本の製造業も海外進出が増えていましたので鉄の消費地も海外に移転していくと考えていました。そのため、鉄鋼商社として海外での事業も検討していく必要がありました。
ーータイでの生活はいかがですか?
週末はもっぱらゴルフです。妻と買い物にでかけたり観光に行ったりすることもあります。
ーー観光はどんなところに行かれるのですか?
私が好きな場所はピンクのガネーシャと呼ばれる仏教寺院です。ピンク色の大きな象の像があります。
あと、水上マーケットにもよく行きます。
RPE日本人会
ーータイに在住の日本人の方々と交流はありますか?
当初はあまりなかったのですが、2011年に起きたタイの洪水災害のとき、このあたりの工業団地も浸水しました。そのときに工業団地に入居する日系企業どうしで支援しあう動きがあり、RPE日本人会が設立されました。(RPE=ランシット・プロスパー・エステートの略)
ーーRPE日本人会はどのような活動をされているのですか?
新型コロナが発生する前までは月に1度の会食やセミナーなどがありました。会員向けメールの宛先には40-50社の方々が入っています。新型コロナが発生してからは会食はあまり実施しなくなりましたね。
ーーこの工業団地には何件くらいの日系企業が入居していますか?
工業団地全体では140社ほどあり、その6割、およそ80社が日系企業です。
入船鋼材の事業内容
ーー入船鋼材さんのご紹介をお願いします。
入船鋼材は鉄鋼の専門商社です。コイル材と呼ばれる鉄鋼をロール状にした材料をプレスや板金向けにカットして販売しています。営業所が東京、大阪、北海道にあり、静岡にシャーリングの工場、高崎にプレスや板金を行うグループ会社もあります。海外拠点としてこのタイ拠点があります。
ーー鉄鋼の中でも取り扱い商品の特徴はありますか?
鋼板は熱間圧延されるとき、表面に黒い酸化皮膜ができます。これは黒皮と呼ばれるもので、このままでは非常に扱いにくい状態です。そのため、次の工程で「酸洗」を行い、より使いやすく加工していきます。私たちはこの「酸洗鋼板」を得意としています。
ーー酸洗はその黒皮を取り除くということでしょうか?
そのとおりです。取り除くメリットは3つあります。
ーー酸洗したほうが後工程で便利ということですね。
そうです。しかし、酸洗する分コストは若干上がります。現在は酸洗のメリットが認知されてきたため、コストが若干上がっても酸洗された鋼材をご指定いただけるようになりました。が、以前はそういうわけではありませんでした。
ーー何かきっかけや市場の変化があったのでしょうか?
私たちの鉄鋼の仕入元であるJFEスチールさんが自動車用に酸洗鋼板を製造しておられるのですが、あるときに自動車用の需要が激減したことがあり、酸洗鋼板が大量に余ってしまったことがありました。入船鋼材はそれまで酸洗鋼板を扱っていませんでしたが、当時の社長がその余った酸洗鋼板を引き取り、自動車以外の用途に販売したことがきっかけでした。
ーーいきなり大きな判断をされたのですね。
そうですね。そのおかげでJFEスチールさんからは酸洗鋼板を自動車以外に販売したことを評価され、市場からも入船鋼板は酸洗鋼板に強いという認知を得たのかなと思います。
酸洗鋼板ってどういうところに使われているの?
ーーこの酸洗鋼板はどのようなところに使われているのですか?
みなさんの周りにたくさん使われています。たとえば配電用の電気ボックス、オフィス用の家具や机、工作機械のカバー、建設機械などにも使われているんですよ。
ーータイ拠点では酸洗から鋼板のカットまで行っておられるのですか?
いえ、酸洗鋼板はタイの製鉄メーカーであるサハウィリア・スチール・インダストリーズ(SSI)さんから仕入れています。タイ拠点では仕入れた酸洗鋼板をレーザー加工によりカットし、場合によってはネジ切りなど追加加工を行ったうえで出荷しています。
ーーレーザー加工のためのデータ作成も自社で行っておられるのですか?
はい、CADで形状を設計し、レーザー加工のためのプログラムを出力し、そのプログラムをレーザー加工機に転送し加工しています。
現場で働く従業員の方々
ーー現場では何名の方々が加工作業をされているのですか?
現在(2022年8月時点)、私(平井さん)を除いた社員は12名ですべてタイ人の方々です。工場には6名がおります。男性5名、女性1名です。そのほかに営業・受発注など事務作業担当が6名です。事務作業は全員女性です。
ーー従業員の方はお昼ごはんはどうされているのですか?
この工業団地内には4か所の共同食堂があります。1食40バーツ程度(2022年8月時点の為替レートでおおよそ150円程度)で食べることができます。この共同食堂はこの工業団地に入居した理由の一つでした。
ーー従業員の方々に長期間勤務していただくために工夫していることはありますか?
私たちだけではなく、レクリエーションやスポーツフェアなどいろいろなイベントを催す企業が多いですね。そういったイベントを楽しみにしている人がたくさんいます。私たちも、年に数回パーティーを開いたり、カラオケパーティーをやったりしたことがあります。新型コロナの影響で最近はあまり実施できていませんが・・・
今後の事業展開
ーー現状の顧客は日系企業中心でしょうか?
そうですね。一時期タイのローカル企業への事業展開も考えましたが、1回ごとの注文ロット数が少ない傾向がありました。そのため、今後も日系企業中心で展開する予定です。
ーー今後の事業展開はどのようにお考えですか?
入船鋼材としては鉄鋼商社としての機能が主ですが、タイ拠点では金属加工製造事業から開始して事業を拡大してきました。おかげさまでタイ拠点でも定期的な加工依頼が増えてきたため事業が安定してきました。今後は、私たちのもともとの事業である鉄鋼商社機能をタイでも伸ばしていきたいと考えています。
編集後記
インタビュー中に、鋼板の価格動向についてもお話をお聞きしました。新型コロナの影響で鋼板の需要は減少していたそうです。しかし、新型コロナが次第に収束したことで、需要が急回復しました。この急回復に供給が追いつかず、鋼材価格が上昇したそうです。タイ国内の鋼材供給が不足したため、日本から高い価格でもいいので送ってほしいという依頼もあったそうです。いまでもこの価格傾向が継続しており、鋼材価格の高止まりが続いている状況だそうです。(2022年8月現在)
工場には細かいところにさまざまな「タイらしさ」が見られました。たとえば、
・工場の前の駐車場は圧倒的にバイクが駐車されています。日本では地方の工場でもバイク通勤は少なく、ほとんどの方が自動車通勤だと思います。
・工場の前の駐車場では自動車が斜めに止められ、前から突っ込む形で駐車されています。日本では建物に対して垂直に、かつバックで駐車していることが多い気がします。
・工場の扉は開放されていることが多く、道路を走っていると中の様子がよく見えます。日本では空調がしっかりしているので扉は閉められた工場が多い気がします。(この日が天気の良い日だったという理由もあるのかもしれません)
・記事中にも出てきますが、工業団地で共同の食堂を運営しています。日本ではあまり見かけられないスタイルですが、個人的に共同食堂はいいアイデアだなと感じました。
・工業団地や工場周辺にはところどころに「サーンプラプーム」という祠があちこちに建てられており、綺麗に飾られています。
・そして、入船スチール(タイランド)の会議室には20バーツ紙幣が張られていました。工場建設時におまじないとして貼ったものだそうです。