【小説】フェイク・スター(1,107字)
いきなり真っ白な空間に投げ出されたような気がして、私は目がさめた。
「また、寝ちゃってた……」
最近のデートは、プラネタリウムばかりだ。
しかも毎回、私は途中で眠ってしまう。
できるだけ申し訳なさそうな顔を作って、彼の顔を見る。
愛しい彼は、満面の笑顔で見返してきた。
「ほんとにかわいい女の子なんだねえ」
だらしない口元からこぼれるように出てくる誉め言葉に、なぜか不快感があふれそうになる。
私の髪をなでようとした丸っこい指から、思わず身体を遠ざけてしまった。
なぜだろう?
私は彼を愛しているのに、肌が泡立つほどの拒絶感が襲い掛かってくる。
ゆるんだ身体と年齢のわからない顔に、愛情とは違う何かが混じっている気がする。
「早く次のところに行こうねえ」
私の腕をつかんだ彼の手は妙に力強く、湿り気を帯びた手が、吸盤のように貼りついてくる。
彼の弾んだ声を聞きながら、絶望に近い感情が胸元からせりあがってくるのを、私は必死にこらえた。
目が覚めると、彼の背中が見えた。
僕はゆっくりとベッドから起き上がる。
いつの間にか、彼とのデートは終わり、二人の住む部屋に戻っていた。
頭の奥が、ゆっくりと押しつぶされるような鈍い痛みに支配されている。
「また、頭が痛いのかい?」
彼は背中を向けたまま、答えはわかっているような聞き方をする。
適度に筋肉のついた肩のラインが、ふと肉食獣を思わせる。
まるで女のように小柄でたよりない僕とは、まったく違う生物だ。
いつの間にか僕の部屋に居ついた彼は、僕の心の中にも住み着いてしまった。
彼といれば、弱い僕を守ってくれる。
とても自分勝手な理由だと思うけど、彼を幸せにしたいとも本気で思っているのだ。
彼は無職なはずなのに、不思議とお金はいつも持っていて、僕のヒモなんかではない。
稼いでいる方法なんかは、少し聞きにくい。
「とりあえずシャワーを浴びておいで。匂いがするよ」
僕は自分の体臭を、鼻をくっつけるようにして嗅いでから絶望した。
ひどく生臭い臭いが、身体に貼りついているようだ。
これじゃあ、彼が最近僕に指一本触れないのもしょうがない。
「今日もごめんね。プラネタリウムの途中で……」
僕は、ふと立ち止まって彼を見つめた。
彼とのデートを、まるで憶えてないのだ。
プラネタリウムに入った後から、ごっそり盗まれたように記憶が消えている。
「また来週もいけばいいさ」
彼が僕に笑顔を向けてくれると、輝く星に照らされているように感じた。
その笑顔から思わず目をそらしたのは、まばゆかったからだろうか。
それとも、プラネタリウムの星のように、なぜか偽物めいて見えたからだろうか。
クロノヒョウさんのお題「盗まれたプラネタリウム」に投稿した作品です🐻