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2.理科室 →

 学校の中で好きな場所の一つだったのが理科室。実験道具が好きなのと、化学や解剖に興味があるから。今でも実験モノに限らず、道具や工具は大好物だ。ホームセンター万歳。
 そんな東急ハンズの店内に──って、今は東急じゃなくなって「ハンズ」なのか──実験用品を販売しているコーナーがあり、シャーレやフラスコ、ビーカー、試験管……といった、私が目を輝かせるアイテムがずらっと揃っている。そこでだいぶ前に買った膿盆を、調理中の肉の下ごしらえなどに使っているのだが、その佇まいがとてもヤバいい。
 ナマモノ以外にも、焙煎し直したコーヒー豆を冷やすバット代わりにしたり、細かいビスなんかも入れられて大活躍なのだ。

 昨年ウチノヒトが亡くなる前の3週間ほど、自宅で訪問看護を受けていたときはクスリ各種やアルコール綿、カラダを冷やすための小さい保冷剤などを膿盆にのせて出していた。代わるがわる来てくれる看護師さんたちは皆、「わー、膿盆だ!」とワイワイするのだが、今や「懐かしい」そうである。たしかに現場でいちいち洗浄、滅菌は手間がかかり、完璧にはできないからディスポーザブルが基本なのだろう。

 目盛りのついているモノはとても便利だ。ビーカーも計量カップやグラスとして容量違いを何度か買ったが、使っているうちに次々と割ってしまって今は1個もない。意外に弱いのか、私がガサツなのか。そんなわけで、また買ってくるだろう(予言)。
 実験道具ではないが、一日に2リットル目安の水を飲むようにドクターから指導されているので、どれくらい飲んだかわかるように1.5リットルのナルゲンボトルも活用している。

 今は亡き伯母は、私の好きなモノをよく把握していた。「これが好き」と明言したことがあってもなくても「さよちゃんが好きそうだと思ったから」と、ちょうどいいタイミングで何かをプレゼントしてくれる。それがまた、ことごとく的を射ているのだ。超能力か。現代なら「スパダリ」の称号を授かるに違いない。

 ある日、伯母が自分の家の中を片付けていたら娘(私のいとこ)が使わなくなった実験道具を発掘した、と電話がきた。いとこは私より干支ひと回りほど年上で、当時 大学を卒業する頃。
 今になって考えてみると、彼女の専攻は中文科なので実験とは無関係のはずなのだが、ま、いいか。

「もちろん、いるよねぇ?」
 電話の向こうで にやにやしている伯母の顔が目に浮かぶ。
「こんど持ってくから、楽しみにしてて〜」
「うん♪」

 それから約1ヶ月くらいして伯母がウチにやってきた。しかし様子が少しおかしい。いつもは自信ありげでひょうきん朗らかな表情がやや曇っている、感じ。
「……さよちゃん、ごめんね。おばちゃんさぁ、間違って捨てちゃったんだよね、アレ」
「ええええええーっ!? ◯|\_ 」
「玄関の上り框のとこにきちんと袋に入れて、忘れないように前々から用意しといたら、ゴミの日に間違ってさよちゃんにあげるほうの袋を出しちゃったみたいで。なんと、ゴミのほうが残ってたのよ〜(てへぺろ)」

 言い訳しているうちに、ようやく本来のひょうきんチャーミングさが戻ってきた。それにしても、てへぺろで済ませるかよー。でも捨てちゃったモノはしょうがない。
「いいよいいよ。捨てちゃったモノはしょうがないよ。楽しみにしてたけど。うん、ダイジョブ」
「そぅお? ほんとにごめんねぇ。いやぁ、でも悔しいなぁ。顕微鏡とかも入ってたんだよ〜」
 伯母は洋装にもかかわらず、着物のたもとに見立てたハンカチの角を両手で口元へ持っていき、「い」と発音する形にした前歯で噛むと、下へ引っ張る仕草をして笑わせた。
「ぐぬぬ」
「あはははは。もったいなかったねぇ」

「さよどの、まことに申し訳ございませぬ。”袖の下”をお納めくだせえ」
 いきなりトーンを落とした、いかにもな声色でポチ袋を畳に置き、こちらへそっと差し出す。
「ふふふ、おぬしもワルよのぉ」
 などと便乗し、まんまと買収されるの巻。

 理科室と聞いて連想しやすいのは人体模型だろう。ただ、自分が通っていた中学校ではすでに隠居していたように思う。理科準備室のほうで、ぱつんぱつんにふくらんだ満員電車で余儀なくされるような、無理な姿勢で壁を向いていた憶えが、なくもない。

 実はあれも家にほしかったのだが、ムラビト───
(説明しよう!)迷信や職業差別がデフォルトで世間体第一主義。そこにイメージだけの偏見を加えてベースにした強い思い込みから独自のルールをでっち上げ、おためごかしに私のやることなすこと、ありとあらゆることを頭ごなしに反対し、自分の考えを押し付けて、たくみに洗脳してくるカルト村のような毒母親
───から案の定、ダメ出しをくらう。

「あらやだ、きもちわるい! やめなさいよ、そんなもの!」

 まったくユーモアのかけらもないが、これでも前述した伯母の実妹なのである。おそらくウチの台所で、下ごしらえ中の肉が膿盆に入っているのを見ても同じことを言うのだろう。

 うん、まぁ、置き場所にも困るしな。この件については納得ではあるが、相変わらず頭ごなしのうえ一言多い。
「じゃあ、ほら、トルソーは? ノリちゃん(親戚)が持ってたわよねッ? 今は使ってないんじゃないかしら」

 反射的に「気持ち悪い」と言ってしまった罪悪感からなのか(いや、そんな良心はないだろうな)、まるで通販大手・Jパネットの創業者みたいに甲高い声をあげ、我ながらナイスアイディアといった得意満面でそんなことを言われても……。家庭科室になっちまうだろ。

 じゃ、次!「つ」

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