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ヘビに逃げられがちなヒト・前編

 私が好ましいと思うものはネコ、爬虫類、コウモリ、猛禽類である。ネコはかわいい。同じ哺乳類として、また、そこらへんにいる身近な生き物として慣れているし飼育方法もさほど難しくない。とにかくネコはかわいい。
 猛禽類やコウモリ、ヘビは飼育しても良いとされているので可能であればヘビを飼ってみたいのだが温度管理の難しさやスペースの都合、餌を食べない時期があるなど生態が謎で、別の意味でミステリアスなネコに比べても遥かに難易度が高い。
 そんな理由から飼育を敬遠せざるを得ないため代用として(?)ヘビのモチーフを好んで身につけることになるのだが、これがことごとく私の手元からぬるっと逃げ出していくのだ。生きていないのに。

 巳年にちなんで、そんな話をいくつか。。。

◆ 指輪
 10代後半のとき、ヘビが指に巻き付いているようなデザインのプラチナリングを買った。↓カタチはこれに似ている。

 ウロコのディテールや金属の輝き、やわらかそうにくねっとしたデザインなどすべてが気に入っていた。ほぼ毎日、人差し指にはめていたので地肌と一体化したような感覚にすらなっていた。
 10年くらい過ぎたある日、すっかりカラダの一部として馴染んだ指輪をいつものように通院時にも身につけていた。ところが採尿時、このときだけなぜか指輪がジャマになったので外して、トイレの個室に設えてある小さな棚に置いたのだが、あろうことか、そのまま置き忘れて出てきてしまったのだ。
 置き忘れに気づいたのはおよそ3時間後。長い待ち時間を経て診察が終わり、会計待ちをしているタイミングだ。
 慌てて椅子から立ち上がりトイレの個室を確認するが、すでにそこにはなかった。急いでトイレに行かないと間に合わない人のような挙動になってしまった。
 忘れ物・落とし物の届けがないか病院受付に聞いてみても「伺っておりません」と素っ気なく、どうしようもないので帰宅した。

 一説によると、ブレスレットや指輪など身につけているものが壊れたり失くなったりするのは持ち主の身代わりとなって厄を受け止めて守ってくれた証とされている。神社やお寺の授与品、御守がまさにそれ。

 失くした場所が病院だけに、仮に強めの邪気みたいなものがあったとして自分を守ってくれたのだ、と考えれば諦めもつく。気に入っていたけど仕方ない。

◆ キーケース
 今度はニシキヘビ柄のキーケースを買った。↓こんな感じのものだ。

 使い勝手はイマイチだったが、手触りと見た目が良いので愛用していて一年ほど経ったある日、外出先から帰ってきて自宅のドアに鍵を挿したところ革がぼろぼろに解けて、手元でばらばらになってしまったのだ。
 出かけるときにはそんな兆しすらなかったのに、この手に握っている鍵の下にはかろうじて蛇柄だったような何かがぶらさがっていた。接着剤不足なのか? そんなに安物でもなかったが、これも仕方ないと諦めつつ懲りずに同じようなものを再度購入。
 2度目のキーケースは、5つあるナスカンのうち1つが異様に堅いのかメッキがくっついてしまったのか「開かずのナスカン」だった。しかもしばらくすると全体が接着剤でベタベタし始めたのであっさり捨てた。それきりこの手のキーケースは使っていない。接着剤は適量でお願いしたい。

  このあたりからうすうす「蛇アイテムが居着かないなぁ」と感じ始める。

 次回、「男が泣いていいのは3回だけ」の一つにもなっている(?)大事なアレの話へ続く→

*ヘッダー画像お借りしました。ありがとうございます

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