見出し画像

22時。|2020年5月2日の22時。

 今日はとにかく暑かった。今はやっと少し涼しくなったけれど、もうとにかく暑かった。荻野さんが「この時期が一番暑い気がします」と言っていたけれど、もう本当にそうなんじゃないかというくらい、二人とも暑さに参っていた。といっても、まだエアコンをつけるには早い気もするし、つけたところで、一冬過ごしたエアコンがなんの異臭も放たずにスムーズに動いてくれない気もするしで、お互い暗黙の了解で、「エアコンつけてみます?」とすら言わなかった。暑さでヘタった僕たちは、夕食に納豆とオクラとちぎったレタスを乗せただけのサラダうどんを食べた。

 そして、今。窓を全開に開け、だらりと寝転んでいる僕たちは不毛な季節の会話をはじめた。

「町村さんって、季節いつが好きですか?」
「あーいつですかね」
「やっぱ春ですか? 誕生日だし」
「うん、たしかに。春好きかもです。あ、でも花粉症になってからは冬ですかね」
「花粉症はたしかに」
「うん。荻野さんはいつが好きですか?」
「昔、よく言いませんでしたか? 夏になると冬が好きになって、冬になると夏が好きになるって」
「うん、言う人いますよね」
「昔はほんとにあれだったんですけど、なんかあるときからそれがなくなっって」
「ほお」
「夏になると『あっつい、早く冬になれや』って思うんですけど、冬になっても『まあこんなもんなら、冬の方が楽だな』って」
「あーちょっと分かります」
「なんか、夏の猛暑日とかあれ人間、外、出ちゃダメですよね。汗ふき出してインナーが背中とかにこべりついて」
「聞いてるだけでうわぁってなりますね」
「そうなんですよ。あと分かんないですけど、絶対ちっちゃい頃より暑くなった気がするんですよ。全体的に」
「分かります。ちっちゃい頃の夏ってなんならちょっと爽やかですもん」
「やっぱり地球温暖化が原因なんですかね」
「どうなんでしょう」
「夏、嫌だなあ……」

 荻野さんの最後の言葉を聞いて、僕は少しだけ寂しくなった。僕と荻野さんは昔、いつか一緒に花火大会観に行きましょうねと、約束していたからだ。もちろん、今年の夏にお祭りをやったりはまずないのだろうけど、いつか来る夏まで一緒に嫌われてしまったような気がして、少し胸がきゅっとした。そのとき、荻野さんが、

「あ、でも夏で楽しみにしてることがあるんです」

 と言ったので、「なんですか?」と内心ドキドキで返すと、

「かき氷です」

 と、荻野さんは答えた。僕は小さく笑顔を作って、なんとなく顔を伏せてしまった。荻野さんは寝転んで、天井を見たまま、続けて、

「楽しみですね、花火大会」

 と呟いた。

 そんな、2020年5月2日の22時。

いいなと思ったら応援しよう!