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イツカノクニ

――目の前に広がる、いつか見たことのある景色。
なのにどこだか思い出せない。

ここは・・・?

男が一人たたずむその場所。

いつ、来たのか。
今、何故ここに居るのか・・・

何もハッキリしないのに、どうしてだか全く怖くない。

ふと、足元に目をやる。

年季の入った革靴が目に入る。
自分の足にとても馴染んでおり、よく磨かれている。

"足元はいつも綺麗にしておけ。
そうすればどこに行ったって大丈夫だ"

そう、誰かに言われた言葉が頭の中で囁く。

男は辺りを見渡しながら歩き出した。

目に入る景色でヒントを得ようとしても
特徴があるわけでもなく
ただ、すべてがそこにあるのが当然のもので
異質なものや、ここがどこかという事がわかる様な
突起した目印になるようなものすらもない。

探索?いや、記憶を辿る・・・?
どこだかわからないのに??

少し歩き進むと前方に建物が見えて来た。

――家だ。

不思議なことに、発見の筈がそこに家があることを知っていた感覚。

そして、ただ建物だという認識と同時かややズレて
それでも重なる位のタイミングでそれが「家だ」、
という認識が自分に流れ込む。

家の前に辿り着くと、扉のノブに手をやり躊躇なく開ける。

家に入ると腰くらいの高さの小さな丸いテーブルに
一冊の本が置かれているのが目に入る。

迷いなくその本を手に取る。

本を開けると、1ページ目に名前が記載されていた。
作者だろうか。

そして次のページをめくる・・・

一瞬にして真っ白な壁が続くトンネルの中に吸い込まれた――


と思った次の瞬間、
懐かしい顔が私をのぞき込んでいる。

・・・どうやら自分は仰向けで寝ているようだ。

一体何故、いきなり現れた顔が懐かしい、
と安堵を感じているのだろう。

その見覚えのある顔の肩越しに、
クルクルと揺れてなんとも楽しくなるものがぶら下がっているのが見える。
私はそれに目を奪われた。

優しい手が私の頭を撫でる。
心地のいい安心感に満たされ、目を閉じる――


次に目を開けると、
自分と同じくらいの歳・・・何故そう思うかはわからないが、
その子たちと机を並べて座っている。

私は一生懸命に何かを書くのに夢中で、
さっきまで一番前に立って何かを話している人が
こちらに近づいて来ていることに気づいていなかった。

その人に何かを言われ、私は書くのを止め前を向く。
途端に言いようもない睡魔に襲われ、
机に顔を伏せた――


まぶた越しに差す光の熱を感じ、目を細く開ける。

木々が揺れる隙間にのぞく青い空、
そこから漏れ出す日差しが眩しくて手を顔にかざす。

ベンチで寝ていたようだが、とても寝心地が良い。

すると、上から愛しい声が何か囁く。
顔は見えない。

ただ、目を細め優しく微笑みかけられているのがわかる。

・・・あぁ、このままずっとこうしていたい。

そう願って再び目を閉じた――



幸福に包まれたまま、うっすら目を開けた。

さっきの余韻を噛みしめるように、ゆっくりと。

本当はもう目をずっと開けたくない、勿体ない、
そう感じる程に、まぶたが重たかった。

視界がぼやける。

味気ない天井が見える、と思った直ぐに
いくつかの顔が私をのぞき込む。

なんだ、寄ってたかって・・・

少しクリアーになってきた目で認識できたのは
懐かしい顔、だ。

いや、違う。

ずっと見てきた顔たちだ。

「―少し、長い旅に出ていた気分だよ・・・」

そう発した私の声はかすれていた。

すると涙で溢れる目を細めながら、
「そう、、じゃあゆっくりしないとね」

あの、愛しい声が
「おかえりなさい」と続けて小さく言うのが上から聞こえた。

―ああ、君だったのか。


ここにいるのに何故だかどこかフワっとした感覚の中、

「ただいま・・・」

そう呟くように言って
私はまた、ゆっくりと目を閉じた――


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