忘れ花~wasurebana~前編

ある山に、毎年同じ場所に決まった時期に咲く花があるという。


「忘れ花」の話を聞いたのは
何気なく入ったとある花屋の店主からだった。

花なんて買う柄じゃないのに、足がその店へと導かれたかのようで
そんな不思議な感覚とともにその花の話を聞いたせいか
普段なら絶対に信じないことを、何故か作り話とは思えず
今、まさにその花を探しに向かおうとしている。

「忘れ花」

それは他界した者に会うことができる花、だという。

雲をも掴む情報を、時間をかけて調べ辿り着いた小さな村で、奇跡的にも
”その忘れ花を実際に見た人の話を聞いた人”、
に出会うことができた。

最初、他の者に話をすることを拒んでいたが、私は自分のことを話し、
どうしてもその花が見たいことを伝え、説得をした。

大の男が余程悲愴な顔をしてあまりに必死に頼む姿を憐れんでか、
その人は他言しないように、と何度も強く前置きした後
その花の咲く時期と場所を教えてくれた。

私は話を聞き終えた最後に、どうしても腑に落ちなかったことを尋ねた。

「あなた自身はその花を見に行かなかったのですか?」

本当の話だと信じていなければ、ここまで秘密にする必要はないだろうが、ここまで知っているのに、自分は話を聞いただけだと言う。
この話にすがる私は、聞いておきたかったのだ。

するとその人は「私にはその花は必要ないので」と答えた。

会いたい人がまだ健在だからなのか・・・?
「そうですか」
私はその人に何度もお礼を言い、村をあとにした。


運よく、時期はまさに今、だそうだ。
いつでも行けるようにと準備はしてきた。
一旦近くの町で一泊し、翌朝に忘れ花が咲く山へ向うことにした。

その日の夜は、翌日の為にと早めに床についたが、なんだか気になって寝つけない。
・・・本当に、本当に会えるんだろうか。

信じていなければここまで来ない、がどこか不安もある。

・・・会いたいと思う相手が拒否をすることはないのだろうか、と。

私は枕元に置いていた鞄から一冊の日記を取り出した。

二年前、私は妻を亡くした。

私は仕事に追われ、家で一人待つ妻のことを気遣う余裕はなく、妻が抱える悩みに少しも気づいてやることができなかった、というより気にしなかったのだ――自殺だった。

突然のことで、最初の半年はわざとあまり考えないようにして過ごした。
一年経ち、放ったらかしにしていた妻の遺品を整理していた時だ。
彼女の日記が鏡台の引き出しの奥から出てきたのだ。

そこには当時の彼女の心境が書かれていた。
苦しい、苦しい・・・と。
日をめくっていくと、段々と記されていない日が増えた。

そして自殺の前日の日付で私は手を留めた。

怖かった、なんて書かれているのか。
読む勇気が出なかった。

ずっとそのページをめくることなく過ごしていたある日、花屋で聞いた話に食いついたのだ。

藁でも花でもいい、もう一度・・・そんな思いだった。

私は日記の表紙を見つめたまま開くことなく、また鞄に直し目を閉じた。


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