由希子 第1話
「ただいま・・・っと」
誰も待ってなどいない部屋に帰宅し
靴を脱ぎ捨てる。
真っ暗。
もちろん、自分で明かりを点け
短い廊下を歩きながらカバンを滑り落とす。
化粧台兼、食卓のこたつテーブルの上に
買ってきた夕食のコンビニ袋を置き、
テレビのリモコンを持ってスイッチを押しつつソファーに倒れ込む。
疲れた、疲れた・・・疲れたーーーっ!!!
今の頭の中はただそれだけ。
しばらく動けそうにない。
スマホ・・・あ、カバンの中だ。
カバン・・・あーー面倒くさい。
時計に目をやる。時刻は21時過ぎ。
明日も仕事だ。
「あーーーー」
一声上げて、膝を立て腕を突っ張り体を起こし、ソファーに座り直した。
ハァ、とため息を深く一度つき、立ち上がり洗面所へ。
手洗いとうがいを済ませる。
鏡に映る顔・・・もう見れたものじゃない。
ファンデーションはヨレて、マスカラは滲んでパンダ目だし
チークやリップはどこへやら。ひどい顔色だ。
これで電車に乗って帰って来たのか、
・・・なんて気にしていたのは、一体いつ頃までだったかな。
そのまますぐ横の風呂場に入り、ササっと浴槽を洗い蛇口をひねる。
―少しの間、流れ出るお湯をボーっと見つめてしまっているのに
ハッ、と気がつく。
「ごはん・・・食べよう」
自分に言い聞かせるよう呟き、リビングに戻る。
テーブルの前にペタンと座り込み、目の前のコンビニ袋に手をかける。
サラダパスタとおにぎり1個、炭酸水を袋から出し
特に興味のないテレビ番組を眺めながら無心で食べ始める。
しばらくすると、ピピっとお湯が貯まったことを知らせる電子音が鳴る。
無視をしたいところだけれど・・・そうもいかないので
おにぎりを口に押し込みながら、お風呂場に行きお湯を止める。
ハァ、とまたため息をひとつつき、
再びリビングに戻り中腰で残りを口に押し込み
ゴミをキッチンへ持って行く。
「・・・あ、スマホ」
そこでまたフト思い出したので、ゴミを流し台に置き
スマホを取りに廊下に置き去りにしたカバンを拾いに行く。
カバンからスマホを取り出しながらリビングへ戻り、
ソファーの横にカバンを置き、スマホを見ながら座る。
メッセージはお店の情報だとかそんなのばかりで、
別に返さないといけない連絡なんてひとつも届いてはいなかった。
丸一日、ほとんど見ていなかったのに何もないって・・・
そんな寂しさからかSNSをチェックし始める―
「あーーっだめだ、お風呂!」
スマホをソファーに投げ置き、お風呂へと向かう。
シャワーにかかり、体、髪の毛を洗い、メイクを落とす。
一通り洗い切った後、やっと湯舟に浸かる。
自然と声が漏れる。
・・・これは年齢とか関係ないと思う
なんて、誰も突っ込んでもいないのに頭の中で弁解する。
むくんだ足をマッサージしながら、一日を振り返る。
今日帰りがいつもより少し遅くなったのは、
上司の急な思いつきのせいだ。
誰一人、反対も出来ない空気の中、グイグイと意見だけ推し進められ
結果、通常業務に加え、余計な仕事が増えたせいで
その分を残業せざる得なくなったのだ。
本当に余計なことしか言わないな、あの上司・・・
自分は発言するだけなのに。
今週、いやしばらくその余波が影響することになる。
そんなことで残業してたまるか!
もう頭の中は明日の仕事の段取りばかり考えている。
お風呂から上がり、脱衣場に入る前に準備してあった寝間着を着る。
一人暮らしなんだから、
裸で部屋をちょっと移動するくらいの解放感は
あってもいいかもしれないけれど、性格上、抵抗があって
未だ未経験だ。
この歳でも経験のないことくらいあったていいじゃないか。
リビングに戻り、
座ってテーブルの下に置いてある化粧道具箱を上に上げる。
そこから化粧水やらなんやら、
疲れ切った36歳の肌に染み込ませる諸々を取り出し
一にも二にも保湿、保湿だ。
その次にやっと炭酸水を飲み、体に水分を与える。
少し手を伸ばし、ソファーに放ったスマホを取る。
・・・安定の通知なし。
だからといって、誰かにこちらから連絡を取ろうって気にもならない。
髪をタオルドライしながら、SNSのタイムラインを見る。
やたら目につく婚活サイトや運命の占いやら余計なお世話な広告を
片っ端から"自分に合わない"と非表示にして消していく。
これだけ毎度やっているのに、頻度が減らない広告に悪意すら感じる。
投稿を見ているのか広告を見ているのか・・・
そうこうしていると、
スマホの画面の時計は0時を余裕で過ぎている。
髪はドライヤーをする前にいつの間にか乾いてしまった。
・・・またやってしまった。
もういい、寝よう。
洗面所に行き、歯を磨いてリビングに戻ろうとしたら、
キッチンの水台にコンビニ袋のゴミが置きっぱなしに気づく。
「あ、そうか。忘れてた」
ゴミを持ち、ゴミ箱へ・・・あ、ゴミ袋・・・
そうだ、今朝ゴミの日で出してから新しい袋セットしてない。
「あーっもう!こういうのが一番、ヤだ。」
また「一番、ヤだ」を更新し、ゴミ箱の蓋の上にゴミを置く。
もういい、寝よう。
そう、この魔法の言葉を再び唱えてベッドに入れば
もう何も怖くない。
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