忘れ花~最終章~中編
―兄さん、また山へ、あの花の所へ行くのか!
一体どうしたっていうんだ!!
実家に寄り付かなかった兄が、突如戻って来たかと思えば
毎日、毎日山に登り、こちらの心配をよそに花のことを熱心に語り出す。
―そんな話、信じられるわけないだろ。
もう、山へ行くのは止めてくれ。
何度同じやりとりをしただろう。
兄がどんどんのめり込んでいくのを、私は怖いとさえ感じていた。
その花に、もし中毒性がある毒のようなものがあったら・・・
しかし兄は研究者で、専門分野だ。
まさかそれに気づいていない筈はない。
かといって兄が言う、
亡き人・・・母さんと話ができる、なんて信じられるわけがない。
兄の行動の異常さは確かだが、山を下りて来た兄の顔はいつも穏やかだった。
何故・・・
そんなことが何年か続いたある日、
山から戻った兄の様子がいつもと違った。
そのまま黙って仏壇に向かい、実家に戻ってから・・・いや、母さんが死んでから今まで一度もあげたことのない線香を立て、しばらくそこから離れなかった。
「兄さん・・・?」
私は後ろから声をかけた。
するとゆっくりこちらに振り返り、
「終わった。これでやっと忘れられる」
そう言う兄の表情は、どこか寂し気だったが
これまでにないスッキリとした顔をしていた。
「もう、山には行かない」
続けてそう言った兄を見て、私が急に言い知れぬ不安に襲われた。
「まさか・・・変なことを考えているんじゃないだろうな」
すると兄は驚いた顔をした後、大きな声で笑い始めた。
その様子に唖然とする私に、兄はこう言った。
「聞いてくれるか、話を」
私は黙ってうなずいた。
話は、これまで兄が語った話と変わりなかった。
花の香りを嗅ぎ、母さんと会い、話をする。
しかしこれまでと違うのは、兄がこの花に名前を付けたことだ。
「私はこの花を"忘れ花"、と呼ぶことにする」
「忘れ花?」
「そうだ」
「兄さんの話からすると、忘れる花っていうのは逆なんじゃないか?
だってそうだろ、忘れられない人に会える花なのに、どうして・・・」
すると兄は、「そう、そこなんだ」
と穏やかな表情で微笑んで見せた。
ああ、それがさっきの兄の決意のような一言の真相なんだな。
そして兄は静かに語り出した――
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