忘れ花~wasurebana~中編
翌朝、話に聞いた山に向かった。
昨日の村からすぐの所にあり、ハイキングなどで訪れるような山ではなく、地元の人しか足を踏み入れない山だ。
ある程度は道筋がついている。聞いた通りそこを登っていくと、剥き出した大きな岩が道にせり出て壁のようになっているので、普通はそこを迂回して進むのが道筋だが、花への道はその岩を登り、斜面に沿って更にそのまま登り続ける、とのこと。
登っている最中、
地形をよく知る村の人が頻繁に出入りするような山なのに、どうして誰もその花を見つけることが偶然にでもなかったのだろうか?
疑っているわけではないが、つい、冷静に考えてしまう自分がいる。
そんなことを思っていると、大きな岩のところまで辿り着いた。
たしかに、迂回用の別の道がすぐ横に続いている。
なるほど・・・
頂上へ登っていく道があるのに、これをわざわざ登って上へ・・・なんて
花の話を知らなければ、まず思わないだろう。
大学生の頃、山岳サークルに入っていたのがこんなところで役立つとは。
今回の花探しの準備も、昔使っていた道具を引っ張り出して持って来ていた。その岩はなんとか登れそうだが、問題はその先だ。
地元の人は進まない、道なき道。
登った岩を背に真っすぐ上っていくと大きな一本杉があり、それが目印だ。
行くしかない。
もうこの土地に来る前から私に道はひとつしかないのだから。
岩を登り、険しい斜面を登り続けると、若い時とは違う疲労感が体中に染みわたっていたその時、目の前に現れたのは、太い幹と見上げてもてっぺんが太陽の光で見えないほど高くそびえ立つ・・・杉だ!
間違いない、これが目印の場所。
ということはこの先に・・・
杉から少し歩いた先に、広く開けた土地に出た。
聞いた通りだ、この場所に間違いない。
しかし、背の低い草は生い茂っているが、花らしき植物は見当たらない。
急に不安が襲う。
この場所を教えてくれた人が聞いた話の中にも花の特徴などの情報はなく、
「見ればそれとわかるらしい」とだけしか言わなかった。
めずらしい花なのだから、きっと場所さえわかればわかるのだろう、
なんて何故か肝心なところを軽く考えていた。
ここまで来て見つけられなかったら・・・
焦った私は四つん這いになり、草をかきわけて探す。
どこなんだ、時期がまだ少し早かったのか?
それとも間に合わなかったのか?
必死だった。
一体、何時間探し回っただろう。膝が痛くて空腹と疲れがどっと襲う。
私は天を仰いで寝ころんだ。
荷物を背負ったままだったことに気づき、起き上がり横に下ろす。
水分でも摂ろう・・・
荷物から水筒を取り出そうとして、いっしょに持って来た妻の日記が目に入る。
カバンから取りだし、おもむろにページをめくり“あの日”の前日でいつものように手を止めた。
日記を見つめたまま、静かな時が流れた。
聞こえるのはただ、風で揺れる葉の音や小鳥の囀り。
顔を上げ空を見た。
そして目を閉じ、大きく息を吸う。
ゆっくり目を開け、視線を日記に戻す。
これまで何度となくめくることが出来なかった、いやめくろうとしなかったそのページを私はゆっくりと開いた・・・
そこにはきっと恨みや怒りが書き込まれている、私はそう思って怖かった。
しかしそのページには日付以外何も、そう何も書かれていなかった。
私は恐れとともに、どこか期待していた。
救われる一言が書かれているんじゃないか、そう自分勝手なことをこの期に及んで思っていたのだ。
見る前よりはるかに増した罪悪感と自分に対する嫌悪感で吐き気がした。
・・・でも日付を書いたなら、やはり何か書こうとしたんじゃないのか?
その先の何ページかをめくって見てみたり、消した跡がないかなどと食い入るように調べた。
が、結果は同じだ。
花も見つからない。日記も何も語ってはくれなかった。
私は一体何をしに来たんだ・・・途方に暮れるしかなかった。
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