由希子 第5話
嘘は肯定派だ。
それがたとえ、相手の都合だとしても
その嘘で自分が傷つかないならありがたいし、
自分が幸せになるなら尚のこと。
すべて真実を明らかにした方がいい、なんてことはない。
相手が言う嘘が、自分にも都合良ければそれを信じればいい。
・・・私はそうしてきた。
もう、傷つきたくない。
賢くたってなんの意味もない。
バカになれば幸せだ。
世の中には、バカを演じている賢い女性がきっと沢山いてるんだと思う。
そうすれば自分は幸せなんだったら、いいじゃない。
執着、という言葉になっている時点で
もうそこには愛はないし、純粋な想いではない。
わかってる。
"彼"と出会ったのはおととしの冬。
その年は自分にとって苦しい、の連続だった。
仕事の重圧、親からの「結婚」へのプレッシャー、そして体調不良。
医者からも、
「この歳になってまだ一人も子供を産んでいない事が悪い」
と責められているかのような気がして・・・
追い詰められてギリギリの状態だった。
下にはどんどん若い同性の後輩が入社してきて、そしてあっという間にいなくなる。せっかく頑張って仕事を教えても、プライベートが充実している彼女たちにそれにしがみつく理由はない。
・・・私のように。
一人、めずらしく数年一緒に働くことができている後輩も
会話をしていると生活、いや人生が輝いて聞こえて羨ましかった。
そんな時、他社と協同で進行していたある企画に上司の思いつきで突如、途中から関わることになり、社内の他の企画にすでに携わっていた為、同時進行の無茶ぶりに毎日残業し疲弊していた。
ある日、協同企画内で我が社のミスが発覚。
私が関わる前の段階で、後輩の男性社員によるものだったようだけど
上司は私の監督不足だとなじってくるし、チームみんなでミスを取り返そうと動く中、当の本人は素知らぬ顔。
「また帰れない・・・」
デスクから離れ、休憩所でボーっと座っていたら
協同会社から来ていた‟彼”に声をかけられた。
そのことがきっかけでよく話すようになり、食事にも二人で何度か行った。
彼の手に結婚指輪があることは、独身女性の得意技で確認済みだった、
のに。
「大丈夫だよ」
その一言が、どれだけ私の心を救ってくれたか。
「別居中で・・・」
疲れた顔で笑う彼のその一言で、私の中にあった何かが崩れ消え去った。
この恋に幸せなんてない。
でも彼といる私が幸せなのは本当なんだよ、
・・・その一時だけ、は本当に。
わかってる。
何故この恋が幸せだと感じてはいけないか。
それは自分の行為によって傷つく人がいるからだ。
だから世間は口を揃えていう。
「そんな恋に幸せなんてない」
そう思い込ませてるだけ、なんて身勝手な考えもある。
でも、そうじゃない。
間違ってるのは自分だ。
わかってる。
わかってる・・・それでも。
彼がいてくれる私は幸せなんだよ、
これまでのいつよりも。
それが、辛い。
世間がいう幸せじゃないことが自分の幸せで、
世間がいうまっとうな生き方では、幸せになれなかった。
私、何がいけなかったの?
真面目にやってきた、これまで頑張ってきた。
なのに良いこともなかったし、幸せも感じられなかった。
それでも、彼の手を払いのけろっていうの?
彼といる些細な幸せの中でも、我慢はある。
会うと必ず「ごめんな」と言う彼に、
その「ごめん」はどういう意味なのか聞けずいる自分が
一番、ヤだ。
わかってる、わかってるんだよ。
でもあと少し、
あと少しだけ。
自分独りで生きていく決心がつくまで・・・