ワスレバナ~wasurebana First story~後編

空が明るくなった。朝霧が辺りを覆うが、段々に明るさも広がり周辺の様子が見える。

私はすぐ、他に花の存在がないか確認を始めた。
が、今、確認できる範囲ではこの花一本しか見つけられない。
身体の痛みはマシにはなっているが万全ではないし、まず無事、下山するということが優先しなければいけない現状、諦めるしかないのか・・・

それでも、悪い癖か研究者の性なのか、自分のことよりも目の前の研究対象に後ろ髪惹かれないわけはない。

諦めきれず、私はせめて一部だけでも持って帰ろうと花びらを一枚、葉一枚を採取することにした。
写真データはある。一部のサンプルだけでも持ち帰り、改めて準備を万全にしてもう一度探しに来よう。

慎重に私は花びらを一枚採取したその瞬間、その花びらがみるみると枯れて崩れ去ってしまった。
「何故?!まさかこんなことが・・・」
驚いた私は、信じられず今度は葉を採取した。すると葉も同様に消えてしまったではないか。
「信じられない・・・」
説明のつかない不思議な状況に私は目を疑った。そしてすぐ、この到底理解しようのない状況を整理する。
「もしかしたら、今まで発見されても発見されたことにならなかったのはこういうことか?・・・つまりは、採取不可ということか・・・」

必死に保存方法を考えようとするが、現状では無理だ。
私は再調査に態勢を整えて臨む方が賢明と判断し、花の為・・・というと、きっと弟が聞いたら呆れ返る決断ではあったが、今の目的はただひとつになった。早々の下山だ。

私はに荷物を背負い、滑り落ちた崖を背に歩き進む。険しい斜面にすぐなったが慎重に下ると、大きな岩の上に出た。下を見ると見覚えのある場所だ。「そうか、いつも迂回している岩か・・・」
崖まではなくとも下まで少し高さがあり、飛び降りるわけにもいかない。
荷物からロープを出し、近くの木にくくりつけ、そこから岩の下に垂らす。下までは少し長さが足りない。が、もうそこまでロープをつたい下りて、飛び下りるしかない・・・。

花のことがあるせいか、大胆になっている私は迷わずロープを手にした。



無事、下山した私はその後すぐ必要なものを揃え、再び山に戻った。
フィールドワークにしてはハードだが、下ってきたルートをそのまま戻る方法でなんとかあの場所にたどり着くことができた。

私が花びらと葉一枚採取したあの花は、変わらずそこにあった。けれど何度も通い辺りを調べたが、他に同じ花は見つけられずにいた。
不思議なことに、あの花はその間、ずっと変わらずに咲いていた。

採取ができないので、その一本の花を毎日観察した。その為に、長く帰っていなかった実家に滞在することにした。あれほど敷居を跨ぐことをためらっていたのに。

花のことしか頭になかった。

弟は何も言わなかった。私は観察を続けた。
もうその不思議さには慣れた頃、花が突如消えてしまった時は絶望にかられたが、花が再び現れるまで山に登り続けた。

その花は、同じ場所、決まった時期に咲くことがわかった。やはり採取することは不可能だということも。

そして、この花の香りを嗅ぐと決まって母の夢を見るということ。

・・・もう離れていた時間を埋めるほど母さんと話をした。
これは夢なんかじゃない。
そんな確信を持った頃、弟にこの話をした。しかし弟は私が花に執着しておかしくなっている、と何度も山へ行くことを止めるように言うばかりだった。
それでも私は山へ登り続けた。

あの花・・・いや、母さんに会いに。

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