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短編小説『あの子の真実』

まえがき

人は誰しも、他人が見せる笑顔の裏にある「本当の姿」を知ることはできないものです。明るく振る舞う人ほど、実は心の奥底に深い痛みや秘密を抱えていることもあります。それを知る機会がないまま過ぎてしまうと、その人が何を考え、どんな想いで生きていたのか、気づけずに終わることも少なくありません。

『あの子の真実』は、そんな笑顔の裏側に隠された真実を追う物語です。主人公が高校時代の同級生の「明るさ」に惹かれ、その後に知った彼女の秘めた苦しみと強さ。そのギャップに気づくことで、彼女が残したものの大きさを改めて感じます。

この物語を通じて、誰かの笑顔の背後にある思いに少しでも想いを馳せてもらえたら嬉しいです。そして、何気ない日常の中で、人の優しさや強さをもっと大切に感じられるきっかけになれば幸いです。



その日は雨だった。まるで空が泣いているような、しとしとと降り続ける小雨の中、僕は高校時代の同窓会に向かっていた。何年ぶりだろう。卒業以来、疎遠になっていた友人たちに会えるのは嬉しい反面、何か緊張した気持ちもあった。

会場に着くと、懐かしい顔が揃っていた。成績優秀だった松田、スポーツ万能だった健太、そして教室の隅でいつも本を読んでいた内田。みんな少しずつ変わりつつも、笑顔の奥にあの頃の面影を残していた。

だが、その中で一人だけ、姿が見えない人がいた。

「あれ、沙耶子は来てないの?」

僕がそう聞くと、松田が顔を曇らせて答えた。

「沙耶子…実は、去年亡くなったんだ。」

突然の告白に、僕は息を呑んだ。沙耶子は僕たちのクラスの中心人物で、いつも明るく笑顔を振りまいていた。周りを和ませる存在で、誰からも愛されていた彼女が、もうこの世にいないなんて信じられなかった。

「どうして…?」

「詳しいことはわからないんだけど、事故だったらしい。でも…なんか変なんだよな。」

松田が言葉を濁す。その曖昧な態度に、僕の中で何かが引っかかった。


沙耶子のことが頭から離れないまま、僕は同窓会が終わったあと、ある決意をした。沙耶子の「真実」を知りたいと。

彼女とはそれほど親しいわけではなかったが、高校時代、僕は密かに彼女に恋心を抱いていた。彼女の何気ない笑顔に、幾度となく救われた。それなのに、僕は何も知らないままだった。


数日後、僕は沙耶子の実家を訪ねることにした。訪問を快く受け入れてくれたのは、彼女の母親だった。少しやつれた顔をしていたが、僕を丁寧に迎え入れてくれた。

「沙耶子さんが亡くなったこと、本当に驚きました…。もしご迷惑でなければ、何があったのか教えていただけませんか?」

母親は一瞬言葉を詰まらせたが、ゆっくりと語り始めた。

「沙耶子はね、誰にも話してなかったけど、実はずっと病気と闘っていたの。心臓の病気で、ずっと治療を受けていたのよ。」

僕は耳を疑った。あんなに明るく元気だった彼女が、そんな苦しみを抱えていたなんて。

「それでもね、学校では一切そんな素振りを見せなかった。『みんなに心配されたくない』って、笑顔で振る舞っていたのよ。」

僕の胸が締めつけられるようだった。沙耶子のあの笑顔は、彼女がどれだけの痛みを隠していたかを、僕たちに悟らせないためのものだったのだ。

「最後の入院のときもね、『みんなに迷惑かけたくない』って、誰にも知らせずにひっそりと行ったの。そして、帰ってくることはなかったわ。」

涙を浮かべながら話す母親の姿に、僕も涙が止まらなかった。


帰り道、僕は雨の中を歩いていた。あの頃の沙耶子の笑顔が、次々と浮かんでくる。教室で笑いながら話していた彼女の声、体育祭で全力で走っていた彼女の姿。それらが、彼女が心の痛みを隠して作り上げた「本当の彼女」だったのだ。

「沙耶子…君は、最後まで強かったんだな。」

僕は空を見上げた。そこには、彼女の笑顔が浮かんでいるように思えた。彼女が残した思い出と、その裏に隠された真実。それを知ることで、彼女の生き様の美しさに気づいた。

「ありがとう、沙耶子。君の真実を、僕は忘れない。」


−完−


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