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短編小説:『ぼくの憧れは犯罪者』

まえがき

憧れのヒーローは、誰にとっても特別な存在です。彼らの輝かしい姿を目にするたび、自分もあんな風になりたいと夢を抱きます。しかし、もしそのヒーローが道を踏み外し、犯罪者として報じられたとしたら――あなたはその憧れをどう受け止めるでしょうか?

短編小説『ぼくの憧れは犯罪者』は、かつての夢と現実との間で揺れる一人の青年の物語です。彼の目を通じて、憧れや挫折、再生の可能性について考えることができればと思います。この物語が、過ちを犯した人間の背後にある人間らしさや、私たち自身の心のあり方を見つめ直すきっかけになれば幸いです。


1. ヒーローK氏

僕のヒーローは、かつてプロ野球界を席巻したホームランバッター、K氏だった。彼の豪快なスイングで放たれるホームランは、見る者の心を奪った。観客が一斉にスタンドへ視線を向ける瞬間の高揚感。その中心にはいつもK氏がいた。

「Kみたいなバッターになりたい!」
少年野球チームに入っていた僕は、K氏のバッティングフォームを真似て、何度も空振りを繰り返した。それでも夢中でバットを振るのは、テレビ画面の中で輝くK氏を追いかけていたからだ。

彼は僕にとって「夢そのもの」だった。打席に立つたびに期待を背負い、ホームランで応える姿は、子どもながらに「ヒーローの定義」そのものだと思っていた。


2. 信じられないニュース

K氏が引退したのは僕が中学生のときだった。記者会見で涙ながらに語る姿に、僕も胸を熱くした。もう彼のホームランを見られないことに寂しさを感じつつ、僕も自分の道を進むべきだと思っていた。

しかし、数年後、信じられないニュースが流れた。
「元プロ野球選手K容疑者、麻薬取引の容疑で逮捕」

画面には、手錠をかけられ警察署に入るK氏の姿が映し出されていた。目は虚ろで、かつての堂々たる風格は消え去っていた。麻薬取引? あのK氏が? 信じられない気持ちで画面を見つめ続けた。

「Kも終わったな。」
友達の冷たい言葉が、妙に現実味を持って響いた。


3. 真相への興味と怒り

それからK氏の話題はメディアで連日取り上げられた。元スター選手がなぜ犯罪に手を染めたのか。スポーツ界の栄光から転落する様子は、まるで娯楽のように消費されていった。

僕の胸の中には、怒りと疑問が渦巻いていた。なぜ、あれほど輝いていた人がこんなことをしたのか。麻薬なんて、彼には必要ないものだったはずだ。それとも、僕が見ていたK氏は本当の彼ではなかったのだろうか?

この疑問を抱えたままでは前に進めない気がした。だから、僕は思い切ってK氏に面会を申し込むことにした。


4. 面会室でのK氏

刑務所の面会室で再会したK氏は、かつての豪快なホームランバッターではなく、疲れ切った普通の男だった。彼が入室してくる姿を見た瞬間、僕の心は複雑な感情でいっぱいになった。

「どうして……あんなことをしたんですか?」
僕は思わず率直に尋ねてしまった。K氏は少しうつむき、やがて静かに口を開いた。

「引退してから、何もなくなったんだよ。球場の歓声も、俺をヒーローだって言ってくれる声も。孤独になった俺は、麻薬に手を出した。それが自分を埋めてくれる気がしたんだ。」

その声には後悔の色がにじんでいた。彼は麻薬の依存に苦しみ、それを隠すために取引にも関与するようになったという。

「君みたいな若い奴が俺に会いに来るなんて……本当に申し訳ない。」
K氏はそう言いながら頭を下げた。僕は、彼がただの犯罪者ではなく、自分自身を見失った人間だったのだと感じた。


5. もう一度立ち上がる日を信じて

面会を終えて刑務所を後にするとき、僕の中のK氏に対する感情は少し変わっていた。確かに彼は犯罪者だ。麻薬という道を選んだことは許されない。でも、彼がかつて僕に与えてくれた夢や希望が嘘になるわけではない。

あのホームランがなければ、僕は野球に夢中にならなかった。夢を追いかける喜びも知らなかっただろう。K氏は転落してしまったが、彼がもう一度立ち直る日を信じたいと思った。それが、かつてのヒーローを憧れた僕の使命のように感じた。


6. 僕にとってのヒーロー

帰宅後、押し入れからK氏の背番号が入ったユニフォームを取り出した。ユニフォームには小さな汚れがあり、色褪せていたけれど、僕にとってそれは宝物だった。

「俺も、もう一度バットを振ってみよう。」
久しぶりにグラウンドに立ち、バットを握ると、K氏の豪快なスイングを思い出した。彼の過ちは消えないけれど、彼がかつて輝いていた事実もまた変わらない。

K氏が再び自分の人生を取り戻すその日まで、僕も自分の道を歩もう。彼のホームランは、いまだ僕の心の中で鮮やかに響いている。


−完−


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