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短編小説:『希望の光』
まえがき
人生には、何もかもがうまくいかず、自分の居場所や進むべき道を見失うときがあります。暗闇の中で一歩踏み出すのが怖くなり、ただ立ち尽くしてしまう日々。けれども、その闇の中にも、小さな光が必ずどこかにあるはずです。それは希望であり、勇気であり、自分自身を信じる力かもしれません。
短編小説『希望の光』は、迷子になった一人の青年が、心を照らす小さな光と出会い、再び前を向いて歩き出すまでの物語です。この物語が、心に迷いや不安を抱える誰かにとって、ささやかな光となることを願っています。
1. 真夜中の町
深夜の町は、まるで全てが停止したように静まり返っていた。僕は自転車を漕ぎながら、街灯の薄明かりを頼りにただ前へ進んでいた。家に帰る気にはなれなかった。暗い部屋で一人になると、押し寄せる虚無感に飲み込まれそうだったからだ。
今日も仕事で失敗し、上司に叱責された。同期たちが次々と成果を上げる中で、僕は居場所を見失っていた。街の明かりに照らされる自分の影を見て、思わずつぶやいた。
「俺、何やってんだろう……。」
2. 小さな光の発見
ふと、視界の端に光が差し込んだ。それは住宅街の路地裏にぽつんと置かれた、小さなランタンだった。まるで忘れられた宝物のように、静かに淡い光を放っていた。
「なんだこれ……?」
僕は自転車を降り、ランタンに近づいた。周囲に人影はなく、不思議なほどその場だけが温かい雰囲気に包まれていた。ランタンの光には何か特別な力があるように感じられた。
手に取ると、その瞬間、心の中にわずかな安らぎが生まれた。
3. ランタンの秘密
持ち帰るべきか迷っていると、近くの古びたドアがギギィと音を立てて開いた。中から現れたのは、白髪の老婦人だった。彼女はランタンを見つめ、微笑んだ。
「あら、この子を見つけたのね。」
「えっと……この子?」
「それはね、『希望の光』よ。」
不思議な言葉に戸惑いながらも、老婦人の柔らかな声に安心感を覚えた。
「そのランタンは、迷子の心に寄り添うために置いてあるの。誰でも一度は道に迷うものだからね。」
「迷子……ですか。」
僕は思わず自分の心の中を見つめ直した。確かに、僕は今、自分の道を見失っていた。
4. ランタンが照らすもの
老婦人は僕にランタンを持たせたまま、静かに語り始めた。
「希望の光はね、持つ人の心を映し出すの。だから、今のあなたが本当に欲しいものも教えてくれるわ。」
言われるままランタンを見つめると、光が少しずつ揺らぎ始めた。そして、その中に小さなシルエットが浮かび上がった。それは、幼い頃の自分だった。
ボールを追いかけて笑い、転んでも立ち上がる少年。彼の目には、未来への期待が輝いていた。今の僕にはない、その純粋な輝きに目が潤んだ。
5. 再び漕ぎ出す夜
ランタンを返そうとすると、老婦人はそっと僕の手を押し戻した。
「しばらく、その光を持っていなさい。あなたが再び自分の道を見つけるまで、きっと助けになるわ。」
僕はお礼を言い、自転車にランタンを取り付けた。闇夜の中、ランタンの光は前方を優しく照らし出していた。その光は暗闇を切り裂くほど強くはなかったが、不思議とそれだけで十分だと思えた。
漕ぎ出すと、冷たい風が顔に当たった。でも、心の中には少しずつ温かさが広がっていくのを感じた。
6. 希望の光
翌日、僕は久しぶりに自分から上司に声をかけ、新しい提案をしてみた。緊張で手が震えたけれど、ランタンを思い出すと不思議と勇気が湧いた。
「できるかもしれない」
その小さな思いが、少しずつ僕の行動を変えた。失敗してもいい。とにかく進んでみよう。その感覚は、かつてランタンの中に見た少年の輝きそのものだった。
7. 終わりなき道のり
ランタンを老婦人に返しに行こうとした夜、彼女の家を訪れると、そこには誰もいなかった。ランタンが置かれていた路地も、ただの暗い道になっていた。
「ありがとう……」
僕は静かに呟き、自転車のペダルを漕ぎ出した。自分の道を照らす光は、もう必要なかった。心の中に「希望の光」が灯り続けている限り、僕はどこまでも進んでいける気がした。
−完−
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