短編小説『先生を好きになってしまった』
まえがき
恋に落ちる瞬間は、時に予期せぬ形で訪れる。誰にも言えない感情に戸惑いながらも、それを胸に秘めて過ごす日々。そんな葛藤を描いた物語です。
先生を好きになってしまった
高校3年の春、私は新しい担任の高木先生に出会った。30代半ばで、スーツがよく似合う端正な顔立ち。笑うと目尻に皺が寄るその優しい表情に、私は一瞬で心を奪われた。
最初は、ただの憧れだったのかもしれない。毎朝のホームルームで、先生が黒板にスラスラと書く文字や、授業中に見せる熱心な指導。どれもが私にとって特別だった。けれど、ある日の出来事が、その感情を"好き"に変えてしまった。
雨が降り始めた放課後、私は校舎の裏で一人泣いていた。模試の結果が思わしくなく、将来への不安が押し寄せていたのだ。
「大丈夫か?」
優しい声が耳に届いた。振り返ると、そこには高木先生が立っていた。
「無理しすぎるなよ。結果が全てじゃないからな。」
そう言いながら、先生はハンカチを差し出してくれた。その瞬間、胸の奥が温かくなるのを感じた。涙が止まらなくなり、私は気づけば先生に全てを打ち明けていた。進路の不安、家庭の事情、そして、自分の弱さ。
先生は私の言葉を遮らず、最後まで聞いてくれた。そして、こう言った。
「君の努力を見ている人はちゃんといる。自分を信じることを忘れるな。」
その言葉は私の心に深く刻まれ、同時に先生への想いが大きく膨らんでいった。
それからの私は、何かにつけて先生を目で追うようになった。授業中、黒板の前に立つ先生の姿に見惚れることも増えた。周囲には絶対に知られたくない気持ち。でも、私の心はもう止められなかった。
そんな日々が続く中、卒業式の日が訪れた。教室で最後のホームルームが終わり、クラスメイトが次々と教室を出ていく。私はどうしても先生に伝えたいことがあった。
「先生、少しお時間いいですか?」
緊張で震える声でそう切り出すと、先生は優しく微笑みながら頷いた。
「いつもお世話になりました。先生のおかげで、少しだけ自信が持てるようになりました。」
「それは君が頑張ったからだよ。」
先生の言葉に胸が締め付けられる。これが最後のチャンスだと思い、勇気を振り絞った。
「私、先生のことが…好きです。」
教室に静寂が訪れる。先生は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに穏やかな顔に戻った。
「ありがとう。でも、僕は君の先生だ。」
その言葉に、私はすべてを悟った。先生の優しさと誠実さが、どれだけ自分を支えてくれていたか。そして、どんなに想っても叶わない恋があるということを。
「これからも頑張れよ。君には無限の可能性があるんだから。」
先生の言葉を胸に刻み、私は涙をこらえながら教室を後にした。
その後
大学進学後、先生とは会うことはなかった。しかし、ふとした時にあの日の言葉を思い出す。そして、その度に前を向く力が湧いてくる。
先生を好きになったことは、私にとって人生の中で特別な経験だった。それは、叶わない恋であっても、私を強くしてくれるものだった。
あとがき
人を好きになることは、美しく、時に切ないものです。この物語が、誰かの心に小さな灯をともすきっかけとなれば幸いです。